運命の青
-第六話-







 鉄の意志を掲げ、鋼と鋼を鍔迫り合わせる戦場。
 宝具と呼ばれる伝説の武器を携えて、美しい剣戟を響かせ合うのは、夢枕に聴き、心躍らせたあの伝説の英雄達である。
 英雄達は振り降ろされる刃の重さに願いを込め、祈りよ聖杯に届けと打ち鳴らす。武器を繰り出す為の踏み込みは、英雄達が走破した偉業の足跡であり、一挙手一投足にまで、英雄としての在り方が込められている。
 もし許されるなら、それを何時までも眺めていたい。
 少年は眠れぬ夜の興奮に、幾度も国と時代を越えたドリームマッチを夢に描いた。
 それが今現実に目の前で行われている!
 どちらが強いのか知りたい、確かめたい。それは尽きない欲求だが、同時に何時までも、戦いよ終わらないでくれと願っている自分の姿に気が付く。許されるなら何時までも、いついつまでも、この輝かしい戦いを眺めていたい。
 そんな戦いが先ほどまで行われていたのだ。
 そう先ほどまで……。
「双方、武器を納めよ。王の御前である!」
 雷鳴と共に夜空を引き裂いて登場した人物は、決闘場に割って入るなりそんな大声を上げた。
「ぅわ……」
 その厭そうな声を上げたのは誰であろう、その戦車チャリオに同乗している蒼崎青子である。
 まるで総合格闘技のリングの上に、意に反してうっかり乱入してしまった居心地の悪さ。観客の、いや、今の今まで戦っていた英雄達の視線が突き刺さる。
 しかもライダーに言わせれば、乱入した理由はもう少しで決着が付きそうだから、水を差したである。和と協調、予定調和を重んじる純日本人として生まれついた青子にとって、ライダーの行為は踵を返して寝室にもぐりこみ、布団を頭から被って叫びたくなる非常識だった。
「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て限界した」
 この場に居る全員の呆気にとられている様子が、直接聖杯戦争に関りの無い青子にもありありと伝わってくる。
 青子はこれ以上このアホと同列の人間として見られることに耐え切れず、身を隠すように戦車の陰に隠れた。今となっては気絶しているウェイバーが少し羨ましい程だ。
「うぬらとは聖杯を求めて相争う間柄だが……矛を交えるより先に、先ずは問うておくことがある。
 うぬら各々が聖杯に何を期するかは知らぬ。だが今一度考えてみよ。その願望、天地を喰らう大望に比してもなお、まだ重いものであるかどうか」
「貴様――何が言いたい?」
「うむ、噛み砕いて言うとだな――。ひとつ我が軍門に下り、聖杯を余に譲る気はないか?さすれば余は貴様らを朋友として遇し、世界を征する快悦を共に分かち合う所存でおる」
『あー聞こえない。私は何も聞こえない!!』
 耳を押さえながら、全力で嫌、嫌と頭を振る青子。
 いきなり降伏勧告を迫られたサーヴァント達の怒声が聞こえる。殺気が叩きつけられる。
 なんかライダーがとぼけた調子で、食い下がる様子が聞こえる気がする。
 だけれど青子は、その一切に私は関わりが無いと髪を振り乱し続けている。
 交渉は決裂。こちらは真名の明かし損。プラス敵サーヴァントの敵愾心を無闇に煽ってしまった。ウェイバーが起きていたら、顔面蒼白になって気絶していたかもしれない。
『そこに居るのはウェイバー。ウェイバー・ベルベット君か』
 突如怨嗟の篭った声が響き渡る。声の発生源を特定されないように、魔力で散らされたその声は、全方位から響いて聞こえた。
 青子とライダーがしばし無言で顔を見合わせる。
 そして結論がでたのか、ライダーは彼を肩から下ろし、青子が気絶した少年の身体を後ろから不恰好なマリオネットのように支えて立たせた。
「コイツちょっとした手違いで気絶してるのよ!話があるなら伝えておくけど!?」
 その場に居る誰もが再び言葉を失った。
 明らかに顔面を殴打された腫れの跡に、流された鼻血の痕跡。
 それを明らかにこの場にそぐわない、一人の女子高生が、慣れない手つきで少年を動かしながら代弁している。戦場でいきなり不出来な人形劇を見せられたようなものだ。誰もが言葉を失わずにはいられない。
 因みに青子に弁明の機会が与えられたなら、ちょっと蹴り過ぎちゃったから、その償い。という答えが返ってくるのだが、そんな事情を彼らが推察できるはずもない。
『―――ッ!!いやいや、いったい何を血迷って私の聖遺物を盗みだしたのかと思えば、そうかウェイバーは君に・・誑かされたのか』
 人を馬鹿にした人形劇に、声の主が激昂しそうになる。だが声の主は平静を取り戻して、標的をいたぶる狩人の声で、青子にその矛先を向けた。
『こんな極東の僻地に住まう魔女に誑かされるとは、いやはやなんの芽も無い凡才だとは思っていたが、つくづく平凡極まったものだ』
 他の女魔術師と共に現れた元教え子。それは誰の目から見ても何かしらの協力関係にあることは明白である。そしてウェイバー、青子は年近い男女という事もあって、協力関係以上の関係が結ばれていると考えてしまうのは、夫婦で参加しているセイバー陣営、許婚と参加しているランサー陣営共に共通である。
「はぁ!?何で私がこんな奴を誑かさないといけないのよ!!」
 だが青子は甚だ心外だと声を上げた。
 その際、後ろから抱えていたウェイバーを放り出してしまう。彼は戦車の一部に頭を強打して、更に深い気絶の闇に呑まれたが、それは彼にとって幸運だったかもしれない。
「コイツはただの協力者!!そんなのも分からないから、こんなナヨナヨした教え子に聖遺物盗み出されたりするのよ、この間抜け!!」
『なっ』
 普通魔術師二人が一緒に現れておいて、それがただの協力者だと見抜く方が難しいとは思うのだが、青子の怒りはそんな冷静な理屈を吹っ飛ばして、全開だ。
「大体極東の僻地とは何よ!!その僻地に聖遺物を盗まれても、わざわざ足を運んで聖杯探索にきたアンタは何様だ!!」
「――――ハッ、これだから田舎娘は困る。私は聖杯などに興味はないのだよ。望むのは唯一つ、ただ聖杯戦争の勝者として倫敦に帰還することだ!!」
「だったら今すぐに帰りなさい!!帰る理由が無いってんなら、私が叩き伏せてやるからかかって来い臆病者!!」
 額に青筋を浮かべながら、何処かに隠れ潜んでいる輩に対して、ビッと中指を立てる青子。
「よかろう、小娘。君には時計塔の一級講師であるこの私ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが手ずから物の道理というものを教えてあげようではないか」
 アーチボルト家当主、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはプライドの高い男である。だがそれは幼い頃から神童と謳われ続け、常に結果を出してきたという自信に裏付けされた確固たるプライドであった。
 そのプライドを、自分が受け持つ生徒と年の変わらない、時計塔にも通っていない落ち零れの小娘が貶したのである。名誉を求めて聖杯戦争に参加したケイネスにとって、青子の吐いた暴言は看過できないものだったのだ。
 戦うと宣言しあった魔術師二人。だが、サーヴァントが鍔迫り合う戦場で戦い出すほど魔術師二入は向こう見ずではない。ただ敵として認識しあい、思い上がりを叩き潰すと誓っただけなのだ。
「うむ、実に威勢のいい啖呵であった。これでお主との戦いは避けられなくなったのう?」
 青子の挑発行為を褒めながら、ライダーは戦車の上からランサーを見下ろす。
 ランサーも忠義を誓うマスターが突如現れたあの少女と戦うと決めた以上、彼女と協力関係にあるライダーとの戦いは避けられない。
「そうなるか…。だが、貴様が俺と死合ってくれるなら、俺もマスターでもないただの娘を切らずに済む。そちらも逃げてくれるなよ」
「当然である。余は全てのサーヴァントを打倒するつもりでおるからな。――して騎士王よ。お主と戦うのはちと早い。余がランサーを打倒するまで暫し待っておれ」
「私が貴様の言に従う道理が何処にある」
「よせよせ、戦う気は無いと言っておろうが。先ずは余とランサーの決着が早いか、そちとランサーの決着が早いか、先ずはそちらで競おうではないか」
「ふん、俺も安く見られたものだ」
「ならば武勇を持ってワシに示せ。それが戦場での習わしであろう?」
 勝手に組みあがっていくマッチメイク。
 だがそれはライダーが有利に戦闘を進める為のものではなく、ライダーが最大限戦いを楽しむ為の組み合わせであった。セイバーもランサーと決着を付けることに異論はないし、ランサーもライダーも勝ち残っていけばいずれ戦うのだ。それはもう遅いか、早いかの違いでしかない。
 それを理解しているから、三人は少しだけ弛緩した空気のなか頷きあった。
 だがそれで満足しないのが征服王イスカンダルなのである。
 彼は突如として誰もいない虚空に向けて大声を張り上げた。
「しかし情けない。情けないのぅ!冬木に集った英雄豪傑どもよ。このセイバーとランサーが見せ付けた気概に、魔術師が交わした誓いを見せ付けられて、何も感じるところがないと抜かすか?誇るべき真名を持ち合わせていながらコソコソと覗き見に徹するというのなら、腰抜けだわな。英霊が聞いて呆れるわなぁ。んん!?」
 その様を、『あ、これは何を言っても無駄だわ』とライダーとの付き合い方を身に付け始めた青子がやれやれといった具合で見ていた。
「聖杯に招かれし英霊は、今!ここに集うがいい。なおも顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!」
 硝子を落したかのような一瞬の静寂の後、その黄金は現れた。
 港に併設された倉庫街をか細く照らす電灯の上、輝く絢爛の黄金を纏って現れた第四のサーヴァントを目視した瞬間、蒼崎青子は皮膚の下に走る全神経が粟立つのを感じた。
「我を差し置いて"王"を称する不埒者が、一夜の内に二匹も沸くとはな。しかも害獣まで紛れ込んでおる」
 黄金のサーヴァントが備える赤い瞳は、セイバー、ライダーと巡って、青子を射抜いた。
 その瞬間、視線は青子にとって余りに決定的だった。
『あれは私を許さない。―――アレは黄金の死だ』
 あのサーヴァントは彼女にとって絶対に関り合いたくない、不倶戴天の敵なのだ。





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