聖者の血を杯に




 冬木市と呼ばれる町に俺、遠野志貴は、聖杯戦争という名の殺し合いに参加するために来た。
―――いや、正確には調査にきたと言い換えたほうがいいだろう。何故こんなものに首を突っ込んでいるかといえば、ゼルレッチと名乗る爺さんのせいだ。
デート中にいきなり現れて「聖杯を調査しろ」だのと、全く無粋の極みである。でも結局こうして紆余曲折があって街まできてしまった。




「協力者はどこに潜伏してるんだって?」
「森の中―――洋館におるらしいぞ。」

 部屋の中にあった備え付けのパンフレット、それを見ながら何か、思案するように答えてくる。

「森?」
 外を見ろ、呆れたように窓を指す。その仕草に従い窓辺に立つ。ここは新都に建つホテルだ。冬木市に到着したとき寝床はどうしようかと相談したところ、新都で一番巨大なホテルの最上階に、チェックインしてしまったのだ。しかもワンフロアー丸ごと二つ、下の階まで借り切った。
 聞けば「ネロ・カオスの時のように、サーヴァントに強襲を掛けられては一般人に被害がでよう、其れはおぬしの望むとこではあるまい?」とか何とか。
「騒がしいのは好かぬ」と、最後に呟いていたあたり本当の理由は後者なのだろう。
太陽は真上に昇りきる時間ではないのか、日差しが容赦なく窓から差し込んでくる。眼を細めながら見る風景は最上階ということもあって中々に壮観で遠くのほうまでよく見渡せる。
 眼下には、街の近代化に急かされるように、多くの人たちが足早に行き来している。その人々から視線を外し、視界の奥のほうを凝視する。もしかして森とは、奥のほうに微かに見てとれる緑がかかった辺りのことだろうか。

「――――なぁ、森ってあの遠くの方に見えるあれのことか?」
「ここからでは他の森など、確認できまい。」
 ……森、ってのも確認できないくらいに、遠くにあるんから聞いてるんですけど……全く、一般人の視力を侮ってもらっては困る。

「もしかして、これからあそこまで行くの?」
 どれだけ離れているのだろう、考えるだけでも疲れてくる。
「いや、まだ日は高い。向かうならば、星が傾き始めた頃のほうがよい。」
「夜の森は暗くて危険だよ。」
「何をいう、お互い夜眼は利くではないか。」
――――確かに言われれば、夜の森などホームグラウンドもいいところだ。太陽を嫌い夜の闇と生きる者と、夜の闇に紛れ森と生きた者。どちらも闇の中を生きる者同士、夜の森など注意するほどの障害にはなりえない。

「じゃあ夕方になったら、森に向かうって事で。」
当座の目的はこれで決まった。日が傾きだす時間帯にホテルを出て、森を目指す。そこで協力者を見つけ出し協定を結ぶ。大まかだが流れとしては大体こんなものだろう。
「お昼如何しようか。」
 丁度小腹が空いてきた頃合だし、町に繰り出して牛丼のチェーン店を探すのに良いかもしれない。外にでる?とニュアンスを込めた疑問を送る。
「――――いや、先程ルームサービスとゆうものを頼んでみたのだ。」
「いいね、じゃあ来るのを待ちますか。」
さっきから見ていたのは、ルームサービスのメニュー表だったのか。牛丼は惜しいが折角ホテルなんてものに泊まっているのだ、豪勢な食事をしたって罰はあたるまい。そう考えてベットに寝転んでしまおうと思ったら、入り口のほうから料理の到着を知らせるチャイムの音がする。

「―――早いな。」
 呟いて扉へと向かう。扉から一定の距離を置き、人ではないモノの気配を探る。他のマスターに居場所がばれた可能性があるからだ。それにホテルに泊まった時の記憶にはろくなものがない。だがそれも今度ばかりは杞憂に終わりそうだ、そう思い扉を開ける。
「お待たせいたしました。」
 ボーイが恭しく頭を下げる。
「奥に運んじゃってください。」
 ボーイさんに告げて道を譲る。一礼されてから運び入れられるカートには、かなりの量の料理が載せられている。その匂いに期待を膨らましながら部屋へと戻る。
部屋に戻るとテキパキといった風に料理が並べられていく。全ての料理が並べ終えたのか、失礼しましたといって部屋を出て行く。テーブルに広げられた料理は二人で食べきれるか少し微妙な量だ。
「随分とたくさん頼んだみたいだね。」
それでも注文してしまったからには、全て平らげるしかあるまい。
「――うむ、少々勝手が分からなくてな、ひとまずメニュー表に載っている料理、全てを注文してみた」

…………は?今まさに手をつけようとしていたカレー用のスプーンを落としてしまう。
「少々多いような気もしたのだが、なに案ずるな料理はここに並んでおるので終わりのようだ。」
助かったー、これ以上増えたら流石に食べきれないところだった。落ちたスプーンを拾い上げ、別のスプーンで食べようとしたところで、ビーと来客を知らせる音がする。何故だろ物凄く嫌な予感がする。

「なに、他にコースが2,3くるだけだ。」
 握り締めたスプーンがやけに痛かった。やはりホテルなんて泊まるものではない。









「――――やっと、見つけた」
 太陽が沈んでから二時間、町の地理を把握するために車は使わず、ホテルから黙々と歩き続けた。鬱蒼と立ち込める木々を抜け、たどり着いた場所には、古めかしい洋館が建っていた。レンガ造りの壁には所々に蔦が張っていて、その様がより一層建物の年月を物語っているようだった。

「隠れ家とゆうより別荘か何かの類だろ、これって。」
 扉に付けられたアンティーク式の呼び鈴は、断じて隠れ家に取り付けるようなものではない。
「…ねぇ人の気配する?」
「恐らく出掛けておるのだろう、ここにはおらぬようだ。」
 矢張り同じ意見か――。館の主は恐らく夜の街を調査しにでも行ったのだろう。応じる人がいない扉を弄りながら、改めて出直すかどうかを考える。

「って、あれ?この扉鍵が壊れてる。」
 手ごたえは無く、軽く押しただけで開いてしまう。
「入って大丈夫だと思う?」
「問題なかろう、家のあるじが戻ってくるまで、中で待たせて貰うとしよう。」
そのまま中へと歩きだしてしまう。少しは罠が張ってある可能性を考えようよ。
そんな心配もお構いなしにぐいぐいと奥に進んでいく。まぁ彼女が罠如きで怪我をするとも思えないし、大丈夫だろう。
 しばらくしてから寒いので後を追う、虚弱体質の俺には人が帰ってくるまで、二月の寒空の下、立ったまま待ち続ける勇気はないのだ。





「いいのかなこんなことしてて」
 ガスも電気も通っていない館のソファーにゆったりと座り、こっちの行動を観察しつづける人と、見つけたガスコンロでお湯を沸かし、これまた見つけた缶コーヒーを二人分温めている自分。
不法侵入をやらかしてとる行動じゃないよな。小さな鍋からコーヒーを取り出し座ってる御方に缶を開けてから渡す。
「家の人が戻ってきたらなんて説明するつもり?」
 缶コーヒーを飲みながら聞く。……熱ち!温めすぎたなこりゃ。
「説明などする暇も無かろう。侵入者とみなされ襲い掛かってくるであろう。」
「うぞ、」
「妾が嘘など申すか、館に侵入した時点で結界が反応していた。今頃こちらに大慌てで向かっておるだろうよ」
 舌が火傷しそうなほど熱いコーヒーを事も無げに飲みながら、如何という程のことでもあるまい?と涼やかにしている。

―――いや、不味いでしょ。サーヴァントいきなり襲われたら洒落にもならない。
「オーケイ判った今すぐここを出よう。」
「――ふむ、シキがそう申すならかまわぬが……少々遅かったようだな。」
 バリーンと窓が割れる音と共に飛び込んでくる青い影、心臓へと放たれる一撃を取り出した七ッ夜でどうにか逸らす。
「チ、しくじっちまった。」
 一息でその場から離れ槍を構え再び攻撃の態勢を取る。
「タイム、タイム怪しいものじゃないから。」
「っハ、何を訳の分からない事をいってやがる!!」
 再び突進してくる槍使い、『クソ』心の中で毒づきながら必死に突き出される攻撃に七ッ夜を合わせながら後退する。
 視界には最早槍の姿は映らず点となって奔り込んでくる姿しか分からない。
肝臓に奔る攻撃には上から被せる様に斬撃を乗せ逸らし、腕を獲らえようとするものには上半身を捻ることで答え、喉を貫こうとする輩は斬り上げる。そんな立ち回りを幾度も繰り返す。そうしているうちに、突如敵が距離をとる。
 何故ここで距離をとる?明らかに追い詰められていたのはこちらだ、この場面で仕切り直しをする必要はないはずだ、罠か、まさか宝具!!
「抵抗をやめなさいそこのサーヴァント。」
 振り向くと敵のマスターに背中をとられ、喉に手刀を当てられている我がマスターの姿がそこにはあった。


「ご苦労様ですランサー。」
「これくらいどうってことねぇよ。」
そう言ってマスターの陰に控えてしまう。
「武器を捨て、大人しく殺されるなら貴方のマスターの命だけは助けましょう」
その言葉に短刀を床に投げ刺すことで答える。
「これで終わりか、」
「えぇ、どこの英雄かは知りませんが、貴方の聖杯戦争はここまでです。」
「いや、そうでもないさ。」
「何をいって!!」
 喉に当てられていた手刀を力任せに外し、その腕をそのまま背中へと押し付け関節を決める我が愛しのマスター。爪を伸ばし首筋に添える姿は、正に形勢逆転って奴だ。床に刺さったままの七夜の宝刀を抜く。
 目の前敵に遠くに居るかのように呼びかける。
「えぇ敵サーヴァントに告ぐ、お前のマスターはこちらが預かっている。武器を捨て大人しく交渉の席に着くなら命だけは助けよう。」

「ランサー私に構わず逃げてください。」
 一度はやってみたかった、シュチュエーションとお決まりの台詞を言う。人質役の台詞もバッチリだ。
―――まぁ遊ぶのはここまでにしないと、どんな宝具を持っているかも分からないのだ。マスターごと殺しにかかる、なんてこともあるかもしれないのだから。
「解放してあげて、」
 そう頼むと、あっさりと開放してくれる。困惑しながらも腕の中から開放されたランサーのマスターは拳をあげボクシングのような構えをとる。
「さて、バゼット・フラガ・マクレミッツさん貴女にお話があります。」





 向かい合う形で互いに座る。未だにギスギスした空気は流れているが、何とか話し合いにまで漕ぎ着けた。
 目の前に座るのはランサーのマスター、バゼット・フラガ・マクレミッツ。
女性でありながらスーツを違和感無く着こなし、ネクタイもスーツに合わせているのかピンと歪み無く真っ直ぐに整っている。それらはまるで本人の性格を表しているかのようで、同時に他者に対する拒絶の表れのようにも見える。

「これを読んで見て下さい。」
 懐から宝石の爺さんがしたためた、バゼットさん宛ての手紙をそっと差し出す。封は切っておらず手紙の内容は俺にも分からない。ただ、渡せば協力を得られるとだけ言われて受け取ったものだ。
未開封のまま渡したのは、こちらの僅かばかりの友好のつもりだ。
「―――信じられない。いや、しかし宝石のサインも入っている……だがこのような存在、―――――杯は老人が作ったとも言われていますし。」
 内容にかなり驚いているようだ、……違うあれは混乱か?
「何て書いてありましたか」
「――――汚染された聖杯、 その聖杯に潜む存在。 聖杯戦争に勝ち残りその存在を抹殺しろと書いてあります―――――そして協力者として月の、
 ―――月の王を派遣すると。」
「「月の王?」」

 俺とランサーの疑問の声が重なる。説明を求めバゼットさんに視線を送るが、全く気づかない。ただ手紙を握ったままカタカタと震えている。
「おい、如何したバゼット!!」
ランサーが肩を掴み叫ぶ
「―――すみませんランサー、少し取り乱してしまいました。」
 肩で息をし、自身を落ち着けるために二、三度深く深呼吸をする。
「――――――ふぅ、確認させていただきます。……貴女が月の王なのですか?」
「いかにも、この身は朱い月のブリュンスタッドである。」
驚愕に眼が開きバゼットさんの表情が歪む。朱い月の名前に何か心当りがあるみたいだ。
「なぁバゼット、朱い月ってのは何者なんだ?――――いや、そこのお嬢さんのことだって分かるぜ、そこまで驚くほど有名なのか。」
「知らないのですかランサー!!」
信じられないといった感じでバゼットさんがランサーを見つめている。

「へぇ、やっぱ朱い月って有名なんだ。」
「魔術師や聖堂教会のような異端者の間ではな。」
 俺も初めて名前を訊いたときには知らなかったが、やっぱり知ってる人は知っているんだな。
「分かりました、いいですかランサー。吸血鬼は知っていますよね?」
当然だ、殺り合ったこともある、と言って壁に寄りかかり腕を組む。

「その中でも真祖と呼ばれる高位の存在がいます。」
「で、そこに座ってるお嬢さんが、そうだとでもいうつもりか?」
 手で朱い月のことを示し、信じられんといった具合で鼻を鳴らす。
「話は最後まで聞きなさい、真祖の中にはブリュンスタッドの名を冠する王族の存在があります。」

 真祖と呼ばれる高位存在、その中で王の血に連なる者だけが名乗ることを許される名それがブリュンスタッド。その名には余りにも多くの血と畏怖の念が込められている。

「そのブリュンスタッドの名を持つ存在をも含めた総ての吸血鬼の祖にあたるのが彼女です。」
「おいおいマジかよ。」/「初めて聞いた。」

 話の内容に呆然とする俺とランサー。朱い月からは、自分は真祖に属する吸血鬼で、ブリュンスタッドの名を受けた王族だとしか聞いていない。それがまさか最初の吸血鬼だったなんて。
「もしかして月の王って朱い月のことだったの?」
「そうなるな。」
 自分の事なのに興味が無いといった具合で、さらりと凄いことを認める。
「でもよ、こうやって話ちゃいるが、人間の気配しか嗅ぎ取れねぇぞ。」
「それは恐らく強力な魔力殺しでも着けているのでしょう。」
 朱い月はゼルレッチの爺さんの依頼を受ける条件の一つに、『ありったけの魔力殺しを用意しろ』とゆうものがあった。そして今、身に着けている両腕に嵌めたブレスレット、左手の薬指に指輪、ネックレスにイヤリング、髪留めに至るまでの装飾品全てが、朱い月一人の魔力を抑える為だけにある。
髪はそのまま流さず髪留めによって一旦束ねてから流し、紅い瞳を隠すために眼にはカラーコンタクトを入れている。

「どうも信じられねえ、なあ魔力殺しを外してみてくれないかい。」
 挑発的な笑みを浮かべて朱い月を誘っている。さっきの話を聞いて戦士としての血が騒いだのだろう。
「無理だ。」
その誘いを煩わしいと断る。
「失礼ですよやめなさい。」。
「朱い月が魔力殺しを外した場合、まず間違いなく他のマスターおよびそのサーヴァントに存在がばれる。そうするとこっちの目的の達成が困難になるんだ、それを防ぐ為に彼女は魔力殺しを着けているんです。」
 ここで朱い月の存在が公になれば、敵はどの様なことを仕出かすか分からない。
最悪、町一つ犠牲にして力を得ようと考える輩が出てくるかもしれないのだ。
「バゼットを無理やりねじ伏せた力、確かにありゃぁ吸血鬼の力だが、俺には朱い月なんて呼ばれるほど、大層な存在には思えない。」
「やめなさい。」
「はっきり言おう俺はお前さん方が信用できない、だから協力なんてもする気も無い。」
「ランサー!!」

 バゼットさんが無礼を一喝して嗜めてはいるがランサーは納まりそうに無い。あれは闘争本能をむき出した獣の顔だ。
「後ろから刺されるのはごめんなんでね。」
『はん』とこちらを挑発するような笑みを浮かべてくる。
「上等だ、さっきの続きをしよう。」
 ランサーの見え透いた挑発に乗り、眼鏡を外し立ち上がる。サーヴァントなんていう異常と向かい合っていた所為か、血が沸騰しやすくなっている。理性が協力者だと訴えるが、それ以上に本能が目の前の異常を排除しろと暴れだす。
 血が騒ぐ、本能のままに相手を切り刻めと訴えかけてくる。
七ッ夜を取り出し構えを取る。

「いいねぇその殺気、極上だ」
虚空から先程と同じ、一振りの紅い槍が現れる。それを構えながら獰猛な笑みを浮かべてくる。
「槍を収めなさいランサー、それに貴方も落ちつい……!!」
 バゼットの息を飲む音がする。日本なんていう平和ボケした国で槍使いと二度も戦えるなんて最高だ!気持ちが一気に高揚するのが分かる。死線は全部で十二本、なぞるなら右肩から左太腿に走る線がいいあれが一番綺麗だ。あの線をなぞってからじっくりと解体しつくしてやる。さぁ殺し合いを始「落ち着けシキ」―――腕を捕られグルリと回される。
「私の眼を見ろ」
 顔を両手で押さえられ朱い月の瞳を見つめる。それは失われた理性を取り戻す輝きだった。コンタクト越しでも分かる金色の瞳にスーと吸い込まれていく。

「ゆっくりでいい呼吸を整えろ」
 心臓がばくばくと鳴っている、眼が痛い、呼吸がおかしい。体中の器官が滅茶苦茶に乱れてる。それでも眼前にある瞳に縋る様に、散れじれになったそれらを少しづつ整えていく。
「大丈夫か」
 瞳を覗き込んでくる。きっと色を確認しているのだろう
「心配してくれるの?」
「大丈夫のようだな」
 ポイっとソファーへと投げられる。うぅ酷い。
そのまま朱い月はランサーへと向き直る。
「御主は戦いたいのか。」
「あぁ戦いたいね、戦うために俺は召還に応じたんだぜ。」

 構えを解いたランサーは聖杯戦争における望みを戦いだという、戦う場所、戦争が起こるからきたのだと。
「私の奴隷が世話になったのだ、いいだろう御主の望み通り戦ってやろう。」
サーヴァントって呼ばれる分にはいいのだけど、奴隷だなんて。あっでも俺と朱い月の関係って結構、主人と奴隷ってところがあるよな…………何故だろう急に悲しくなってきた。悲しいからソファーのクッションに顔を埋めて泣き寝入りしてしまおう。







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誤字修正しました。