The United Kingdom
            -prologue-





 なんて事のない日常、
変わらない日常から生まれた事柄なら、ヤッパリこれも日常の一つなんだろう。

 そう、事の発端は土曜の昼食

 イリヤはお城で過ごし、藤ねえは学校で雑務に追われ、桜は部長として奔走する。
ライダーは骨董店で接客し、カレンは教会改築の視察をしに、バゼットは就職活動に精を出す。


 俺が料理を作り、セイバーが臨戦態勢を構え、遠坂がボーっとしている。
人数の少ない食事、なんてことは無い食事。
そんな風景

「今日は暑いから、素麺を食うには最高の日和だな。」
たくさんの水と氷を入れ、しっかりと水洗いをした素麺を大皿に盛る。
「ほい、どうぞ。」
食卓の真ん中にデーンと置いてやる。
うん、やっぱ夏は素麺に限るな

 麺にコシを残したまま引き上げる主夫の勘。昨日の晩から昆布、干し椎茸を漬け込むことによって得た最高のダシ。薬味にと、取り揃えたネギ、生姜、大葉、刻んだ海苔、大根だっておろした。そして、昨日のうちから用意を始めたダシを基に作り上げた麺つゆ。それにゴマを入れた和風と、辛味を加えた中華風。

 昨日から計画した甲斐もあり、かなりの自信作となった。



「これが素麺なのですねシロウ」
「セイバーは食べるの初めてだろ、張り切ったからさ沢山食ってくれ」
「勿論です」
正座をしたまま頷いて戦意を高めるセイバー
量、足りるかな?
大皿いっぱいに盛られた素麺、それが今は少々心許なく思える

「麺つゆって好きなので良いわけ?」
「いいよ。オーソドックスなものから、中華に和風なんでもござれさ。んで、何にする?」
「ん〜、じゃぁ中華で」
「あいよ、」
器に注いで、遠坂に手渡してやる。
「シロウ私は和風でお願いします。」
「了解、」
同じように注いで手渡す。

 作った時にも思ったことだが、かなりいい出来だ。
汁は調子に乗ってかなりの量を作ってしまったからあまるだろう。
そうだな、残ったので夕食に一品加えるのは良いかもしれない。
サラダにするか、いやいやこれなら和え物だって作れる、
悩むな〜どうしようかな〜……ま、両方作るか

「シロウ…その」
「あぁ、悪い悪い」
考え込んで、セイバーを待たせてしまった。
手早く自分の分を注ぐ。味は基本タイプだ
セイバーは待ちきれないといった様子でそわそわしている。
癖っ毛まで揺れてる……
可愛いな〜
おおっと見とれてる場合じゃなかった、急がなくては、
全ての準備を整え、背筋を伸ばす

「それじゃあ、いただきます。」
「「いただきます。」」


 食事が始まった、
「士郎、薬味取って」
「ん、」
「ありがと」
「セイバー、そんなに一遍に取らないほうが良いぞ」
「何故です?」
「器は小さいんだ、溢れるぞ」
「む、そうですね」
 渋々納得する。
うんうん、虎もセイバーのように聞き分けがよければもう少し手が掛からないんだがな。
この場に虎がいたらなら一人、どんぶりを持って来て汁を移し変えて、素麺を大量に掠め取るだろう。
そうなった場合セイバーの野生が目覚め、食卓が戦場と化す。
「あぁー平和だなー」
噛み締める。平穏な食卓を、
無暗に煽る性悪シスターも居なければ、訳も判らずとりあえず乱入する小悪魔も居ない。
そして何より混沌と化した食卓を一喝して鎮める黒いのも居ない……あれは恐怖だな、うん。
なんだかそれはそれで物足りない気もするけど、たまにはいいさ。

「シロウが用意してくれる食事は素晴しい、茹で上げるだけの簡単な料理と聞いてはいましたが、なるほどこれは奥が深い」
「判ってくれるか!」
「ええ、無論です。喉を通り抜ける麺の腰とゴマの風味が実に見事です。」
的確な感想を述べてくれる。
やっぱり美味しいと言ってくれる人が居ると作り甲斐があるよな、
「確かにこれは美味しいわ。…ん、豆板醤が出す辛味が絶妙ね」
材料を言い当てられた、さすが中華を得意と豪語するだけのことはある。
「やっぱ遠坂には判るか、」
「そうね、後は香り付けに炒めたニンニクってとこかしら」
「完璧だ…、夏には丁度いいかと思ってな」
「うん、夏バテ予防に最適ね、これ」
やっぱ中華は遠坂に一日の長があるか、まだまだ修行せねば。
「すみません……私も中華にしてもらえませんか?」
おずおずと器を差し出してくる。
「いいよ、でも次から汁は全部飲まなくてもいいぞ。新しい器を取ってくるからさ」
「そんな、士郎が作った物を残す訳にはいきません!」
「ん〜だけどな……ま、いっか。はい、どうぞ」
体に悪いぞと言おうとして止めた、セイバーが食べ物で体調を崩すとは思えないからだ、
「感謝します。――――――――――――なるほど、凛の言う通り中華も良いですね」
「大根おろしを少しだけ入れるともっと良いぞ、サッパリとした味になるから。」
「む、それは試してみるしかありませんね」

 三人だけの食事、だけど懐かしいと錯覚してしまうのは聖杯戦争の風景と重ねてしまうからだろうか、

「もー食べられない、士郎ご馳走様。」
「遠坂にしては随分食べたな、」
「素麺だからね、つい調子に乗っちゃった」
うん、うん調子に乗るほど美味しかったって訳か、嬉しいね〜。
「ご馳走様でした、シロウ」
「はい、お粗末様」
食器を集めて流しへ運ぶ、簡単に洗い流し水に漬けておく。
手を拭いてお茶の準備をする。
「緑茶飲む人〜」
「頂きます」「お願いするわ」
全員分と、お盆に湯飲み三つと急須を載せて戻る。
コポコポと注いでやり、それぞれに置く。

「あーおいし、素麺食べてお茶飲んで、日本人に生まれてよかったわ〜」
「オヤジ臭いこというなよ、」
精神面から年食うと、老けるのが早いってどこかで聞いたぞ。
「いえ、凛の言うことも分かります。恐らくこれ以上の幸せは無いでしょう」
「そうかな?」
「ま、人それぞれに幸せなんてのは、あるものよ。」
幸せは千差万別、十人十色それぞれがそれぞれに持つもんだ。
だったら日常を幸福と感じられるのは、とてつもなく幸福なことではないだろうか?
あぁ、それはきっと幸せだ、幸福だ、満たされている。

「凛、貴女はどの様な事柄に幸せを見出しますか?」
「う〜ん、難しいわね。幸せなんて移り変わるモノなんだし、その時々に感じたこと、その中の一部を私は幸せって呼ぶから…分からないわ。そういうセイバーはどんな時幸せ?」
「今です」
「今?」
はっきりと断言した口調についていけず遠坂が聞き返す。

「今、この瞬間を私は幸せと呼びます。」
悩む素振りの無い、断言口調。
「あっははははは」
それに遠坂は声を出して笑った。……あ、机に突っ伏して腹押さえ始めた。
「いい―――いいわ、それ。―――――はぁ、はぁ、最っ高ね、それ。最高に幸せだわ」
「そこまで笑うようなことですか?」
「うんん。違うの、セイバーが言った答え、それはきっと正解なのよ、うん正解。ただ、こんな真直ぐな答え聞いたの久しぶりだから、思わず笑っちゃったのよ」
「うん、今のは分かりやすくていいな。遠坂みたいに当たり障りのないものなんかよりずっと魅力的な答えだ。」
「なによ士郎、私の答えが駄目だって言いたいの?」
「い、いや、そんなことは、無いぞ。いい答えです、はい」
頼むから睨まないでくれ、怖いんだよ。赤い悪魔の異名は伊達じゃないんだからさ、本当に怖いんだ。
体を乗り出すように睨む遠坂の眼力は、流石は黒桜を妹に持つだけのことはあると思い知らされる。
「ふん、まあいいわ」
体勢を戻して湯飲みを口に運ぶ。
どうやら落ち着いてくれたみたいだ。

「ねぇセイバー、『世界共通、最高の幸せ』っていう笑い話、知ってる?」
「世界共通の幸せですか?」
「そ、世界で一番贅沢な暮らしってことね。」
「いえ、聞いたことはありません」
俺も聞いたこと無い。
なんだその胡散臭い話は、どこぞの国際会議で議論したものなのか?
「そ、じゃあ教えてあげる。えーっと確かね、『イギリス式の家に住み、日本人妻を娶り、中華料理を食べながら、アメリカ人並の給料を貰う。』これが最高の幸せらしいわよ。」
「そうなのですか!?」
「あー、でもなんとなくそんな感じするな。」
厳密にはよく分からないが、世界の認識でいけばそんな感じだろう。
豪華な暮らしではあるよな、

「ま、一般的な認識の結果生まれた話ね」
「そうなのですか。我が故郷ブリテンにその様な誉れがあったとは、知りもしませんでした。」
「日本人妻ってのは、大和撫子が未だに存在してるって誤認されてんだろうな」
「中国料理は四本足のものなら、机と椅子以外の全てを食べるっていわれてるわね。」
「アメリカ人ってのは完全なイメージだな」
「そうね、」

 色々と皆で吟味するが、大きな声でそれは違う!と言えるものは無く、あー納得、程度に収まるものだった。

「でもね、これは笑い話なの。」
「「笑い話?」」
そういえば最初のほうでそんなことを言っていた気がする。

「そ、笑い話。だから当然『オチ』があるのよ。」
無くては笑い話としては成り立たない、言われれば当然な気もするがこれ以上何を付け足すとゆうのだろう。
「今は、『世界最高の幸せ』について話したわね。じゃあ『世界共通認識の不幸』って何かしら」
「それが『オチ』か?」
「そうよ」
世界共通の不幸、何だろう。アフガン辺りで暮らすことか?それともアラスカ辺りで寒中水泳を催すことか?…………分からん、さっぱりだ。
「分からん、降参だ」
「私もです、絶食を行うイスラムかと思いましたが、世界共通認識となると自信がありません」
「じゃ回答ね。『日本式の家に住み、アメリカ人妻を娶り、イギリス料理を食べながら、中国人並の給料を貰う。』これが世界の不幸よ」
「うわ」
なんつー、分かり易さ。
しっくりくる所の話じゃない、リアルに嫌だ。

「日本式の家ってのは?」
「日本って靴脱ぐでしょ、それにほら、木造だから」
「アメリカ人妻ってのは?」
「喧しいって意味よ、」
「……イギリスと中国については全面賛成だな。」
「えぇ、私もよ」
議論するまでもなく、納得してしまう。
恐ろしい、不幸は人類皆共通なのだろうか?
幸福は多種多様に存在するというのに不幸は数が少ないくせして、重いものが多い。

「ば、馬鹿な…ブリテンが……我がブリテンが……」
どうやら今の話、生粋のイギリス人には相当なダメージらしかった。
暗い影を背負いながら、独り言を喋り続けている。
俺だって日本家屋を否定されて少しはショックだが、セイバー程落ち込みはしない。
「そんなに落ち込むなよセイバー、笑い話なんだからさ、そこまで気にすることじゃないよ」
セイバーの背中を擦りながら慰める。

「私は…私は今まで……文明が浅いから…国が裕福でないから…食事が不味いのだと思って……いました……」
途切れ、途切れながら伝わるように話してくれる。
「だが、それが……それが…今も、…今この時代までも続いているだなんて……」
「おいセイバー、大丈夫か、セイバー?」

「――――――――――――――――――――――」
反応が無い、意識が有るのかすら怪しい。

(おい、遠坂。どうするんだよセイバー)
(そんなこと聞かれたって、分かるわけ無いでしょ!)
(だからってほっとけないだろ、何か考えろよ!)
(何よその無責任な発言は!!)
(原因はお前だろ!セイバーが食事にこだわりを持ってたことくらい知ってただろうが!)
(く、……しょうがないわね、何とかするわよ)
小声で議論する。
セイバーに気づかれない為の配慮だったが、果たして大声で話しても今のセイバーなら気づかないんじゃないか、

「セイバーは今もイギリスの料理が不味いんじゃないかって心配してるのよね、」
「――――――――――――――――――――――」
無反応
「だったら自分の目で確かめてみなさい」
「―――――――――――ピク」
おっ、癖っ毛が動いた

「手配はこっちでするわ、今のイギリスの現状、士郎と一緒に旅行がてら見てきなさい」
「いいんですか!!」
あ、完全に立ち直った……

「って俺もかよ!!」
「当然じゃない、マスターでしょアンタ」



 こうして、遠坂の責任転嫁とも言う手腕によって、セイバーとのイギリス小旅行が決定した。







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