マクロスF 〜サイカイノウタ〜






 その一連の出来事を語るには、いったい誰が相応しいだろう。
 声無き声の、力なき声を語るには、いったい誰の口が相応しいだろう。
 その叫びは無力で、その叫びは制御できず、そして時に何よりも強大な力だ。
 だからこれから語る事を正確に捉えるなら、主観を切り離す必要がある。
 起きた事をありのままに只語り、脚色なく、淡々と事実のみを語ることが大切だ。
 それは妖精の話し。
 銀河の妖精と呼ばれた一人の女性の話し。
 この事柄に答えは無い。
 答えは君たちが出すのが望ましい。
 銀河の妖精こと、シェリル・ノームは、長く続いたバジュラとの争いを語る上で欠かせない存在だ。彼女はランカ・リーと共に歌い、あの偉大な歌姫リン・ミンメイと同じく歌で戦争を終結へと向かわせた。
 そして今、我々を救い導いた力故に、彼女は昏睡状態に陥り眠ったままになっている。
 そして眠る妖精を糾弾する声が幾つも上がった。
『もしシェリルがこのフロンティア船団に来なければ、我々はバジュラに襲われることは無かったのではないか?兵士は死なず、我々の家族、同胞が巻き込まれ死ぬ事は無かったのではないか?』
『ではシェリルは何処で歌えば良かったのだ?彼女が歌わなければバジュラとの対話は実現しなかった。君は同胞と言ったが、銀河に散らばる船団全てが我々の同胞ではなかったのか?』
 そんな議論が何度もフロンティア市民の間で交わされ、人々は擁護と非難の間で揺れ動いた。だがシェリルが私財を投げ打ち、フロンティア政府が黙殺したギャラクシーを救出したことや、常に最前線で人々を励ますための歌を歌い続け、バジュラとの最終決戦では自らの命までも投げ打って歌った事実は、全ての人々の心の中から決して離れなかった。
 そしてもう一人の歌姫、ランカ・リーが眠り続けるシェリル・ノームの為に、献身的にその血を分け続ける姿に、多くの人々は何かを感じ取っていった。


※  ※  ※  ※  ※  ※


 無頼なマスコミの目から守られるように用意された部屋には、花瓶に活けられた花が置かれ、彼女はカプセルの中呼吸器を着け、ゆっくりと眠っていた。カプセルの中、繊細な環境設定を施すため、彼女シェリル・ノームは薄い服をまとって眠っていた。その為この部屋に入る医者や看護士は全て女性で構成されていた。
 無論男の見舞い客など、尋ねられるはずも無いのだが、俺はシェリルの治療を助けたランカの口添えもあって、およそ一ヶ月ぶりにその姿を目にする事になった。
「全く人が必死になって戻ってきたって言うのに、お前はそうやって寝ているんだな」
 シェリルが眠るポットに触れながら呟く。一応自律呼吸が出来るほどに回復したシェリルだが、補助の為とはいえ、あれだけ歌の為に生きてきたコイツが口に呼吸器を当てている姿は少し悲しかった。
「ありがとうなランカ。シェリルの為に随分と血を分けてくれたんだろ」
 一緒に見舞ってくれているランカに問いかける。
「そんな、お礼を言われるような事じゃないよ。私にとってシェリルさんはとても大切な人だから……だからお礼なんて…………」
「そっか……、でもありがとうな」
 うつむき自分の無力さを嘆くように、ランカが言葉を止める。だけど彼女はシェリルが患う感染症の為に、幾度もこの病室に足を運び免疫を含んだ血液を繰り返しシェリルに輸血してくれた事実は幾ら感謝を重ねても足りない。
 シェリルの感染症は、ランカのお陰で完治したといってもいいらしい。ただあの戦いの時、全ての気力を、命を捧げるように歌ったシェリルは、後遺症の為未だ目を覚ます気配は無い。
「ねぇ、そう言えばアルト君はどうやって此処まで戻ってこれたの?一応ニュースやお兄ちゃんから話しは聞いたんだけど、わたし良く分からなくって」
「あぁそっか、SMSの皆には詳しく話したけど、お前仕事で急がしそうだったからな。そういえば此処に戻ってくるまで、船の中で何度もお前の活躍を見たよ」
 フォールド航行でフロンティア船団が着陸したバジュラの母星まで移動する間、ランカは傷ついた人々の為の慰問を精力的に行っているとニュースで見た。フロンティア船団の大統領、大統領補佐官などの主だった人物がギャラクシーの諜報員によって殺害された所為というのも確かにあったのだろうが、それ以上にフロンティアの皆はランカを、あの戦いの時歌い続けたランカを心から尊敬していた。
「もう、私の事はいいの!!それよりアルト君の話を聞かせてよ」
「そうだな、何から話せばいいんだろう」
 俺はシェリルの眠るカプセルの横に椅子を引っ張りだして、少し離れた位置に座るランカに向かって、あの時あったことをゆっくりと確かめるように語り出す。
「バジュラのフォールドに付き合った俺は、宇宙空間にデフォールドしたんだ。気付いたらクイーンの手の上で、お前がバジュラに攫われた時みたいな保護膜に包まれて、バジュラ達は新しい星を探す旅に向かっていたんだ」
 あの時沢山の光の渦に取り囲まれ、バジュラたちのフォールドに巻き込まれた時の話を。
 俺は周囲を取り囲む沢山の見たこともない星々と、沢山のバジュラ達に囲まれて旅をしていた。バジュラ達は幾度もフォールドとデフォールド繰り返して、沢山の銀河沢山の星々を渡り歩いた。それは見ているだけでも楽しい光景だったけど、俺はシェリルに会いたいと願った。フォールドクオーツを通じてバジュラ達の気持ちが伝わってきたから、孤独を感じることはなかったけど、俺はシェリルや他の皆に会いたいと思ったんだ。
 それがクオーツで繋がるバジュラに伝わったんだと思う。俺はクイーンから一匹のバジュラに預けられて、地球までフォールドした。俺を運んでくれたバジュラは地球を眺めるように飛び回った。多分、他のバジュラ達に俺たちの星を見せていたんだと思う。
 で、バジュラがそうやって地球を眺めている間に、デフォールド反応感知したバルキュリー部隊がやって来て、バジュラは俺を彼らに預けてそのまま仲間の下に戻っていった。
「それから本当に大変だったんだ。バジュラが知能生物だって地球でも認められていたから良かったけど、変な検査に何度も付き合わされたり、俺がバジュラと行動していた経緯なんていうのも聞かれたりしたんだぜ?あれは本当に参った」
「そっか、アルト君もあの検査受けたんだ」
「あぁ、お前の気持ちが良く分かったよ」
 それから何とか検査も終わって、解放されたけど、身分IDも金も無い状況だったからまた大変な目にあった。地球の歌舞伎組合に顔を出して色々便宜を図ってもらったりしたけど、フロンティア行きの船を予約するのは本当に骨が折れた。
 地球型の惑星発見で、フロンティア行きの船は予約で一杯だったから随分と待たされたし、フォールド断層の所為で戻ってくるまですごい時間がかかった。
 で、ようやく戻ってこられたかと思えば、いきなり軍に拘束されたり、それをSMSの艦長たちが横槍いれて助けてくれたり、でも検査には回されたりで本当に散々だった。
「ここに来るまで本当に時間がかかった」
 多くの人たちに助けられ、色々な機関をたらい回しにされたけど、俺はこうして無事戻ってこられた。俺は一人じゃない、いろんな形で、人と世界と繋がっている。
「でも帰ってこられた。それはお前や皆が居てくれたからなんだと思うよ」
「ホントに?」
「あぁ本当だよ。ありがとうランカ」
「アルト君……」
 目と目が合った。ランカの潤んだ瞳がキラキラと光る。そっとランカが伸ばしてきた手を俺はギュット握り返す。触れた箇所から体温が伝わって優しい気持ちにさせる。耳元のクオーツが静かに揺れるのは俺の心とランカの心が触れ合っているからだろうか?
 俺はランカの瞳を見つめたまま再び感謝の言葉を……
「ストォォーーーーップ!!」
 叫び声がかかった。振り向くと乱暴に開け放たれたカプセルから叫び声を上げた人物が荒く息をしながら俺を睨んでいた。
「シェ、シェリル!?」
 目が覚めたのかと言おうとして、物凄い剣幕で捲くし立てられた言葉がそれを遮る。
「ちょっと、ちょっとどうしてそうなっちゃう訳!?ランカちゃんも打ち合わせじゃアルトを部屋に入れたら花瓶の水を取り替えるって、理由で直ぐに部屋に出て行く手筈になってたのに、なんで二人して手を繋いで見詰め合っているのよ!!」
「う、打ち合わせ?」
「あ、それはねアルト君。前にアルト君が入院した時シェリルさんがものすっっごく心配しちゃったから、仕返しにアルト君に心配させてやるって、打ち合わせしたんだよ」
 なっ、なんて迷惑な考え!!
「それが何で!アルトは私の寝てる横で!ランカちゃんと手を繋いで二人して見つめ合ってるのよ!!ばかぁーーーーーー!!
「ちょ、落ち着けシェリル、誤解だ、誤解だって。あぁ枕を振り回すな!!」
 涙目になったシェリルが置かれた枕をぶんぶんと振り回す。
「馬鹿アルト!!愛してるって言ってくれたじゃない!!!何よあれは嘘だったの!?」
「う、嘘じゃない!!」
「じゃぁ浮気者!!私に意識がないと思ってあのままランカちゃんにキスするつもりだったんでしょ!!この浮気者!!!」
 ブンと豪快な音を立てて投げられた枕が綺麗に顔面に入る。
 その時、自分の中で何かが切れた音がした。
 暴れるシェリルの細い肩をがっちりと両手で掴み押さえ込む。
「いいか、よく聞けよ、俺はお前の事が好きだ!!どうだ!!俺の言葉に嘘はあるか?俺は嘘をついているか?俺の目を見ろ!!お前がくれたクオーツはどうだ?俺が言う愛に少しでも嘘や偽りがあるか?」
 涙を滲ませたシェリルが俺の瞳を覗き込み、クオーツを通じて俺の心の一番深い場所を覗き込む。やがて、兎の鳴くような声で小さく俯きなが「嘘はない……」と言った。
「いいか、さっきのランカとの事はありがとうって言おうとしただけだ。やましい気持ちなんてこれっぽちもない。それは今、お前が一番分かってくれる筈だ」
「ほんと?ランカちゃんの方が良かったとか思ってない?」
「思ってないよ。俺はシェリルの事を愛しているんだから」
「私も、私も愛しているわ、アルト……」
 そうしてどちらとも無く身体を寄せ合い、抱き合う。
 ずっと離れていた。
 気持ちを伝えて直ぐ俺たちは離れ離れになって、シェリルは昏睡状態になった。
 でももう離れないと、決して離さない。
 絡ませあった腕の中の愛しい存在が潤んだ瞳で俺を見上げる。
 それに答えようと、俺は無言の内に、だけど確かに心は通じ合っているという確信のもと、綺麗なシェリルの唇にそっと……
「あー、あー、なんだか今日はとっても熱いなー」
 突然振り掛かった棒伸びの声に俺とシェリルの動きがビタッ!!と止まる。
「ラ、ラララ、ランカ居たのか」
「あ、あのね、ランカちゃん、これはね、あのね」
「ず〜〜〜〜っと居たけどね、アルト君。二人っきりの世界作っちゃうからなんとなく声掛けづらかったんだけど、目の前でそういうことされるのは、わたしにはちょっと刺激が強いっていうか?」
「違う、違うぞランカ!!別に変なことしようとしてた訳じゃないんだ」
「そ、そうよ、ランカちゃん。誰がアルトなんかとキスするもんですか!!」
 慌てすぎてよく分からないことを口走っていると、ランカが呆れ声で恐るべき事を言い放った。
「あのね二人とも、私もお腹の中にフォールド細菌が居るって忘れてるよね。ほんと二人の感情がダイレクトに伝わってきて辛いんだよ」
 ランカは服の端をパタパタと仰ぎながら、真っ赤になった顔を俺とシェリルから逸らす。
「そう言えばそうだったな」
「もういいよ別に」
 確かにバジュラとコンタクトを取れるランカだ。それが目の前でクオーツをつけた二人の人間が一緒になって感情を高めていたら溜まったものじゃないだろう。バジュラの感情と比べて人間の感情の方が、彼女にとっては理解しやすいのだから。
「そ、そうだランカちゃん。どうして打ち合わせ通りに部屋から出て行かなかったの?」
「えっとですね、此処に来るまでにアルト君、とてもシェリルさんのことを心配してましたから、可哀想になっちゃって、ついついアルト君の味方になるようなことをしちゃったんです」
「そうだったの……」
 ランカの説明に納得がいったのか、シェリルは大きく頷いてみせた。
「すっかり騙されたわ。あなた、女優の才能もあるんじゃない?」
「そ、そんなことは無いと思いますけど……」
 だがランカはシェリルを騙し通せる演技を見せても、シェリルに褒められることは照れくさいらしく、必死に否定していた。
「ま、アルトドッキリ作戦は失敗に終わっちゃったけど、アルトが私のことを心配して落ち込んでたっていうから、よしとしましょう」
「お前なぁ」
 呆れるように、俺はため息をつく。本当に心配していたのだ。こっちは宇宙空間にシェリルが吸い込まれてしまった時のような悲しみに襲われていたというのに、まったく相変わらず女王様気質な奴だ。
「あ、でもねアルト君。シェリルさんアルト君がこっちに来る一週間前に目が覚めたんだけど、アルト君が行方不明だって聞くと泣いちゃったんだから」
「えぇ!!」
「ちょ、ちょっとランカちゃん」
「それでね、それでね。三日前にアルト君の名前を船の乗客リストに見つけるまで、ホント大変だったんだから」
「嘘!!嘘なんだから!!信じちゃだめだからねアルト」
「あーはいはい。分かったよ。信じない信じない」
「えー信じてくれないのアルト君」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「なによ、私の命令が聞けないのアルト」
「ねぇアルト君信じてってばー」
「アルト!」
「アルト君」
「だぁぁああ」
 俺はシェリルが好きだ。愛している。
 でもシェリルは俺もランカも好きで、ランカも俺とシェリルを変わらず好いていてくれている。勿論俺だってランカは好きだ。だからこの三人の関係はもう少しこのままの形で少し歪なトライアングラーを描いて進んでいくのだろう。
 それは楽しみな未来でもある。



※  ※  ※  ※  ※  ※



 それからのことを語るのはわたしの役目だと思う。
 わたしはその人を凄く尊敬しているし、もう一人は振られちゃったけど、好きになった人だから、多分わたしが一番語れると思う。
 シェリルさんは退院後、直ぐには芸能活動に復帰せず方々を駆け回っていた。それはアルト君も同じで、実家の方へ頭を下げて歌舞伎役者に戻った。それはバジュラに連れられて地球に戻った時から決めていたらしい。地球の歌舞伎組合の方でも頭を下げていたようで、そっちの方からの根回しもあって、お兄ちゃんみたいに頑固そうなアルトのお父さんも歌舞伎への復帰を認めたらしい。
 今アルト君は芝居から離れていた期間を取り戻すように、兄弟子の人と、お父さんに沢山しごかれているみたい。そしてアルト君の側にはいつもシェリルさんの姿があった。
 その時からなんとなく予感はあったんだけど、やっぱりというか、でも突然というか、シェリルさんは芸能界への復帰会見の時、アルト君との結婚を発表した。
 まるで銀河中の男性がため息をついたみたいだったけど、一人単身でバトルフロンティアを翻弄した英雄的活躍と、歌舞伎の天才女形という肩書きは嫉妬の心を起こさせず、あぁ納得できるなーって祝福ムードへと変わっていった。
 そうそう結婚式はSMSの皆と、少ない関係者だけで内々に行われて、アルト君は指輪を用意する為に、SMSで勤めていた期間のお給料と、幾つかの特別手当を全部つぎ込んだんだけど、シェリルさんの『これ私が出した給料よね』っていう言葉には皆笑っていた。
 でもシェリルさんの指輪を填める瞬間や、ベールを取っての口付けの誓いは真っ赤になっていたから、照れ隠しだって言う事は皆にバレバレだった。
 もし二人に子供が生まれたらどうするんだろう?男の子だったら家を継いで歌舞伎役者になるかもしれないし、女の子だったら歌手になるかもしれない。もしかしたらパイロットになるなんて言い出すかも知れないけど、二人とも子供が出来たら溺愛しそうだから、きっと大反対するだろう。
 でも、まぁ、これはもう少し未来の話し。
 私達は今を生きているんだから、今目の前のことを少しずつ着実にこなさなくちゃ。
 今日はシェリルさんの復帰後初のライブ。
そして恥ずかしながら私も一緒に出演するライブ。
 銀河中から沢山のファンの人達が、集まって、自然の大地の上で行われるこのライブを楽しみにしてくれている。
 だから先ずは出来ることから。
 わたしは今からシェリルさんと一緒に、この新たなフロンティアから銀河を震わせる歌を歌うんだ。




〜fin〜