FATE/EXTRA STORY2






 小鳥がさえずる声が聞こえる。
意識が浮上を始め、閉じた瞼越しにカーテンの隙間から差し込む朝日を感じる。
あぁもうすぐ目覚めの時間だ。と覚醒の予感を感じつつも、ぬくいベットの中まどろみながらその時を待つ。
パタパタと元気よく掛けて来る足音。
バタンといっぱいに開け放たれる部屋のドア。
 そして…………
「ご主人様、朝ですよ〜。私を隠す忌々しい雲一つない気持ちのいい朝ですよ〜」
 ユサユサと揺すられて、まだ少しだけ重たい目をゆっくりと持ち上げる。
目と目が合う。
ぼんやりと焦点の定まらない起き抜けの目だが、その目がくりくりと愛らしく、その笑顔が飛っきりなのはよくわかった。
「おはよう御座います。ご主人様」
「あぁ、おはよう玉藻」
 その日輪よりもまぶし笑顔に、つられるように綻んで挨拶をした。
「あぁご主人様、ご主人様ぁ〜。タマモは、タマモはすぅっっっっごく幸せです」
 そしていつものように感極まった玉藻がベットの上に飛び込んでくる。
体を摺り寄せながら、胸元に可愛らしい狐耳を乗せた頭を何度も何度もこすりつけてくる。
「この絵に描いたような新婚生活!!ご主人様の寝顔を眺めながら、お・き・て・と耳元で囁き掛けるこの快感!!あぁもう幸せ過ぎ〜〜」
 こうして毎朝玉藻に起こされ、はしゃぎ擦寄ってくる玉藻の頭をよしよしとなだめるのが今の日課だ。
「あ、でもでも、タマモは良妻ですから、ご主人様が目覚める前にちゃんと朝食の準備もしてあります。だから冷める前に早く起きて欲しいな〜ってのはあるんですけど、ご主人様も男の子だから〜、そこら辺は良妻として融通を利かせますっていうか、ご主人様も利かせろっていいますか〜…………」
 早口で巻くし立てる玉藻に、ん?なんの事だ。と頭を捻ると
「ん〜分かりやすく言いますとですね、朝ごはんにします?シャワーにします?それともワ・タ・シ?」と玉藻は元気に上向いた俺のソレを指差して答えた。
「いや、ちが、これは男の生理現象であって断じて欲情したわけじゃ」
「善いんです。善いんです。タマモはちゃ〜んと分かっていますから」
 頬をなすりつけるような体勢から、いつの間にかマウントポジションへと体勢を変えていた玉藻。その手際は見事であり、俺は正しくまな板に縛り上げられた鯉のような状態だ。
逃げられない事は分かっている。何を言っても好意的に極大解釈される事は身に染みている。それでも一縷の希望を抱いて玉藻に問いかける。
「わ、分かっているって何を……」
「ですからぁ、日本書紀に記されてありますように、女の体には欠けた部分があり、男の体には余計な部分があります。………………つまり!!」
「つ、つまり!?」
「とりあえず一つに合体しておけばいいんじゃね?って事ですよ」
「え、何その超理論!?」
 つか、日本最古の書物!!何子供にぼかして伝えるHOW TO SEXみたいな内容書いてんの!?
「まぁ、人も神様も獣と一緒って事ですよ」
 しかも心が読まれてる!!
「そりゃ、愛するご主人様の事ですから、何でもお見通しですよ!!それにですねご主人様、獣の様に振舞うのがお嫌でしたらそれはそれで正しい事なんです」
 え、そうなんですか!?と試しに心の中で言ってみる。
「えぇ、ただ交わりを持つでは物足りない、もっと高ぶるものが欲しい。だから日本は古来より巫女萌え、和服萌え、などの要素を連綿と絶やすことなく伝えてきたのです」
 あれ、なんか心の声が届いてないぞ。あの狐耳どこかの電波と混線してるのかな?
「そして、今の私はさっきまでご主人様の為に朝食を作っていましたから、いつもの和服の上にエプロンという姿、帯を解けばあら不思議、エプロンを一度脱ぐこともなく即、裸エプロンに!!」
 あぁ駄目だこれ。と最後の聞こえていない事が証明された心の声を呟いておく。
「さぁご主人様。男のドリーム、狐耳新妻の裸エプロンを、理性もなくなっちゃうくらいに堪能して下さいまし!!」
 押さえの利かなくなった玉藻が覆いかぶさってくる。
聖杯戦争の頃より、何故かマウントを維持するのが上手になった彼女。
最早これまでかと思ったその時
「って、いつまで人の家で騒いでんのよ!!」
 怒鳴り込んでくる天からの助け、家主遠坂凛が現れた。




FATE/EXTRA STORY2




「全く、ご主人様との愛の営みを邪魔するなんて、なんて無粋な人間なんでしょ」
「無粋って、アンタTPOって言葉知ってる?今はまだ朝で、此処は私の家で、これから三人で朝食をとるはずだったでしょ!!それがどうすれば、あんな事態になるのよ!!」
「私にとってのTPOは、ご主人様が居る時!ご主人様の居る場所で!ご主人様の為に!なんですぅ。まぁ恋愛もしたことのない小娘には分からないとは思いますけどね〜」
「恋愛経験は関係ないでしょ!!つか、アンタのTPO無茶苦茶よ」
 これが最近の食事風景。
家主の遠坂が玉藻に文句を言い、玉藻が全く悪びれた様子なく話を聞き流す。
「つかタマこの味噌汁しょっぱ過ぎ!!わかめちゃんと湯通しした!?」
「タマって呼ぶな〜。私にはタマモっていうそりゃぁもう由緒正しい立派な名前があるんです!!あんな尻尾が二つにしか分かれないような動物みたく呼ぶなんて狐の偉大さが分かっていないようですね!!」
「へぇ、じゃぁその偉大なお狐様は味噌汁一つ満足に作れない訳だ」
「ぐぬ」
「悔しかったら、料理のさしすせそくらい言えるようになりなさい」
「え〜ん小姑が苛めますご主人様」
 わざとらしく泣いて抱きついてくる玉藻。
「だ、誰が小姑よ」
 試しに味噌汁をすすってみる。……ふむ、言う程ではないが少々しょっぱい。
恐らく、わかめを湯通しではなく、水でざっと洗い、味噌の後に放り込んだのだろう。
「小姑じゃなければなんだというんです。味噌汁の味にけちつける人間なんて私初めて見ましたよ」
 その言葉に今度は遠坂が悔しそうに唸った。
まぁ俺も味噌汁の味に文句をつける人を始めてみた。
「ねぇご主人様〜こんな小姑の居る家に居候なんかしてないで、二人だけの新居に引越しましょうよ。私、財テクとか得意なんですよ、玉藻流財テク、ダキニ天法といいましてですね、お金が天から降ってくるようにそりゃぁザクザクですよぉ」
 腕に枝垂れかかってくる玉藻。
そう言われても、俺には家を借りられる保証人は居ないのだ。
何せ冷凍冬眠のカプセルから無断で抜け出して行方を眩ませているのだ、遠坂くらいしか頼れる人間はいない。
「ふん、まぁ私としては出ていってくれるのは在りがたいけどね、この私を生き返らせた・・・・・・責任はちゃんと取ってよね」
 改めて突きつけられるその事実。
遠坂凛は死んでいた。
そして、俺と玉藻には遠坂を生き返らせた責任がある。
聖杯戦争という戦場で、この手で確かに摘み取った命を身勝手にも黄泉返えらせた責任が。
 最終決戦の後、聖杯の中で俺という人格は霧散して消えた。
だが、月で生まれ消えた俺という存在は、地球という新しい場所で黄泉返った。
それは俺のサーヴァントの仕業であり、玉藻の前が行使した紛れも無い奇跡だった。
 玉藻の前。
誰かに仕えたいという願いを持った少女。
彼女はその願いの為に、本来の霊格を著しく貶めた。
 英霊が集う戦場に、英霊として召集され、共に戦うマスターに仕える為に、英霊の位まで霊格を落としたのだ。
そうして、彼女は俺という最弱のマスターに仕え、最弱のサーヴァントと呼ばれた。
敵を一蹴する力があった。
聖杯に招かれ集った英傑達を全て敵に回し、なお退ける力があった。
 だが、彼女の願いは全ての英霊を倒した先に在るのではなく、英霊として召還され、見知らぬ誰かに仕える事にあった。
故に神としての霊格を消し、化生としての存在を薄めた。
願いの為に、他のサーヴァントが容易く立ち並ぶ場所に並び立つために、サーヴァント玉藻の前は、あらゆる性能を消去し、宮中に宮仕えしていた頃のただの少女として俺に仕えてくれた。
だからトワイス・H・ピースマンが聖杯戦争のルールを作り上げたように、俺は聖杯戦争の仕組みの改変を行った。
 128体もの英霊を同時に再現した聖杯。
その機能を玉藻の前が本来もつ霊格全ての再現するためだけに費やした。
彼女を縛る英霊のルール、七つのクラスを撤廃し、その能力を十全に発揮できるように、聖杯の仕組みを書き換えた。
本来の霊格を取り戻した玉藻の前、彼女の持つ権能けんのうにより水天日光天照八野鎮石が真の能力を発揮した。この手にかけた人物の黄泉返りをなす為に。
そうして不可逆の流転から取り戻された三人。
俺と、レオ・B・ハウェイ、そして遠坂凛。
 あらゆる未来を演算し、実現への過程を提示する聖杯。
その万能にも思える聖杯もなしえない死者の復活。
それを成し遂げた玉藻の前。
俺は彼女の前で死に、地上には死体と変らない俺が居た。
レオはその遺体が埋葬されておらず、まだ死んで日も浅かった。
遠坂は完全に幸運な部類だ。日本に生まれ、あらゆる神を信じずに生きてきたから死後、玉藻の手が及ぶ管轄内に落ちた。それから西欧財閥への対策として、その場所を誰にも明かさずに聖杯戦争へと参加したことが、遺体を残す結果となり黄泉返りの助けとなった。
そして最後に黄泉返えったのが彼女自身。玉藻の前。
死者の再現である玉藻が、その秘術と権能を持って自らを地上に黄泉返らせ、月の彼女はマスターの存在しない中で三人と自身の存在を取り戻し、その役割を終えた。
それが月で行われた魔術師たちの聖杯戦争の結末だ。
だから……俺は遠坂のその言葉に
「勿論、生き返らせた責任はちゃんと取らせて貰う。それが、俺と玉藻の選んだ道だ」
「ふん。まぁ別にそこまで大仰に受け取らなくてもいいけどね。私自身、生き返れてラッキー位にしか思ってないんだから」
「そうか……」
 本当に遠坂は強い人間だと思う。
殺した人間に、勝手に黄泉返らせ、新たに刻まなくてはいけない人生を、悲観するわけでも責めるわけでもなく、あの頃の遠坂凛として何も変らないまま今を生きている。
「なぁ遠坂。生き返ってよかったか?」
 かつて殺めてしまった人間にそう問いかける。
「愚問ね」
 すると彼女は胸を張り言葉を続けた。
「これからよくするのよ」
 後悔もなく、過去を悔やまず、遠坂は未来を見据えてそう言い放った。



※  ※  ※  ※  ※  ※



「ご主人様?その……泣いていますよ」
 おずおずと、申し訳無なさそうに玉藻が声をかけてくる。
言われて目元を拭うと、確かに自分は泣いていたようだ。
「月を、見ていらっしゃったんですね……」
「うん」
 太陽が隠れてか随分と時間が経ち、遠坂が割り振ってくれた部屋の窓から見える月を、ベッドに腰掛けながらずっと見ていた。
空に浮かぶあの星には沢山の思い出があった。
その思い出をかみ締めていたら所為だろう、この涙が理由は。
「玉藻、聞いて貰えるかな?」
 今朝、遠坂から貰った答えでようやく救われた気がした。
だから、不安に思っていたこと、後悔に嘆いていたこと、全部を玉藻に打ち明けたかった。
「じゃぁ、横、座っていいですか」
 どうぞ、と隣を示す。
玉藻は静に正座をして、ちょこん、と頭を肩に預けてきた。
まるで一緒に月を眺めるように……。
 そうして語りだす。
レオのこと、ラニのこと、遠坂のことを。
 黄泉返ってからレオには一度も会っていないけれど、彼は今西欧財閥のトップとして世界が未来へとその可能性を広げられるように、停止した世界を動かそうと働いている。
一度だけ彼と電話越しに会話をした。
何度も電話を取り次いでもらい、彼に生き返らせたのは自分だと打ち明けた。
殺してしまった事、身勝手にも黄泉返らせた事、全てを責められる覚悟で打ち明けた。
「気にしないで下さい。聖杯戦争とはそういう場所で、そういうルールでした。だから、たとえ僕を殺したままにしておいたとしても、僕に恨む道理は無いんです。むしろ今は感謝しているんです。敗北した僕を、貴方が与えてくれた敗北を活かすことが出来るんですから」
 それがレオの言葉だった。
彼は今、ラニの居るアトラス院と交渉して、停滞していた世界にその技術を公開しようと動いている。ラニも秘匿すべしと強情なアトラスを内部から変えようと努力している。
彼女とはよく、メールでやり取りをしている。
事務的だった文面が、次第に今日上手くいったこととか、可愛い小鳥を見ましただとか、そんな他愛もないメールが増えてきたことを今密かに喜んでいるところだ。
 そして、遠坂。
意外にも彼女は今、レオに協力している。
レジスタンスを辞め、かつてユリウスが担っていた地位を彼女が担っている。
といっても暗殺者としてではなく、彼を支える人間としてだ。
そして彼女は今朝、生き返った事に後悔は無いと言ってくれた。
それが嬉しいと玉藻に伝えた。
「はい。よかったですねご主人様」
 よかった、本当によかった、と何度も繰り返す。
その度に玉藻はよかったですね。と答えてくれる。
かつて玉藻は言った。
『本来の私には死者を黄泉返らせるだけの力があります。それは摂理に反する事ですが、摂理を捻じ曲げる覚悟があるのなら、それは実現します』
 だから俺は答えた。
『殺してしまった責任より、生き返らせてしまった責任を負おう』
 殺してしまった物言わぬ死者より、生き返った生者になじられ責められようと。
だから二人が自分を許してくれた事が、とても嬉しかった。
聖杯戦争で何度も助けて貰った、聖杯を目指す理由を語ってくれた。
その二人を殺し、生き返らせ、それを許してくれたことがとても嬉しかった。
「じゃぁご主人様。私が最後の一人に問いかけます」
 玉藻が体を離し、姿勢を正して対面に正座をする。
そして、悔いるような面持ちで問いかけた。
「ご主人様は生き返った事を後悔していませんか」
 何を馬鹿な事を、と言う。
だって俺はそれを願った張本人だ。
選べなかった遠坂やレオには後悔し嘆く資格はあるが、選択した俺にはその権利はない。
「いいえ、それは間違いです。そもそも、黄泉返りの選択肢がある方が異常なんです。ご主人様はこれから、死んでしまった人間に対して、選択の権利を持ってしまったのです」
 あぁそうか、それは……
死者を死者として留め置くことしか出来ない人間はただ嘆けばよい。
死を悼み、忘れぬように墓標を立てればいい。
 だが、俺の傍には玉藻がいる。
全ての霊格を取り戻し、神格の域にある存在が隣にいる。
俺は悩まなくてよい、悩みを抱えてしまったのだと玉藻は言っているのだ。
「それを思い悩むだけならまだ良いのです。でも、ご主人様が奇跡をなせる立場にあると知られれば、人は貴方を憎悪し、迫害します」
 あぁそれは、何故救わないのかという嘆き、何故救ったのだという憎しみ。
それが俺の後を付いて回るのだと。
「ですから……私はご主人様の黄泉返りの責任を負います。貴方様に仕え、跪き、隷属し、縛られ、拘束され、服従し、その責任を果たします。黄泉返りを嘆くのであれば、私の手で土の下に埋め、共に黄泉平坂へと参ります」
 黄泉返った三人。
その最後の一人の責任を玉藻は負うのだと誓う。
これから俺の身に降りかかる火難を、振り払う盾となる。
こんな人生なら死んでしまっていた方がましだと、俺になじられ疎まれようとも、その全てを負うのだという。
「タマモは人ではありませんから……人になりたいと願ってしまった無様な神です。でもどうか、ご主人様…………玉藻を……私をどんな形でもいいですから、どうかお仕えさせて下さい」
 あぁ、それこそ、彼女が背負った業なのだ。
人間に成りたいと、人間に仕えたいと願った少女は、やっぱり神様で、その力に悩み苦しんでいる。彼女はかつて、誠心誠意仕えた相手に、疎まれ、迫害され、その身を追われた過去を持っている。
それでもその苦しみをもう一度背負うと、その瞳に涙を湛えて頭を下げるのだ。
「玉藻……」
 泣きながら頭を下げる彼女に、出来るだけ優しく声を掛ける。
かつて追われた少女を、嘆きながら一人、那須野の地で孤独に戦った少女を慰めるように抱きしめる
「俺はずっと、君の味方だ。どんなに苦しい時でも傍にいて君を守る。俺はもう、君を一人にしたくないんだ」
 那須野のちで失意に沈み、孤独に震えた少女を抱きしめる。
理解されなかったその願いが、拒絶という形で終わらないようにしっかりと受け止める
「……………ご、ご主人様は優しすぎます。私は人間じゃないんですよ?そばにいるといっぱい苦労かけちゃう面倒くさい女なんですよ」
「いいじゃない。二人ならどんな障害だってきっと乗り越えられる」
 そうだ、あらゆる障害を、聖杯戦争を二人で乗り越えてきた。
俺と玉藻の関係がこうして今でも続いていることが、そのなりよりもの証明だ。
「だから大丈夫」
 そして未来の証明に恥ずかしい言葉を贈ろう。
恥ずかしくてきっと玉藻の顔は見られないから、腕の中に彼女をぎゅうっと閉じ込めて言葉を贈ろう。
「だって玉藻は僕の奥さんなんだから」
「………………ごごご、ご主人様!!今ななななんて仰いましたか」
 捕らえた狐が腕の中で暴れる。
「俺の嫁と言いましたか?わんもあ、わんもあですご主人様!!あぁ!!というかこの体勢じゃご主人様のお顔が見えません!!ちょ、ちょっと離してくださいご主人様、あぁいやでもでも離さなくてもいいんですかど……あぁというか動悸が、私、動悸がすごい事になってます」
 それは俺だって同じだ。
痛いくらいにバクバク鳴っている。
でもそれは生きてる証だから、幸せの証明だから。
玉藻の鼓動と一緒に今はそれを確かめていた。
「あぁあん、ご主人様の照れ顔がみたいぃ〜〜」



fin