エヴァンゲリオン新劇場版
-破-




「わからない。でも碇くんといるとポカポカするの」
その言葉を聴いて、私はその場を後にした。
暗い通路を一人、非常灯の暗い明かりを頼りにカツカツと歩きながら、私はミサトの言葉を思い返していた。
『碇司令とシンちゃんを招いて手作り料理でおもてなし〜。これはストレートで素直な分効くわよ〜』
そう言って私宛の手紙を手渡してくるミサトの顔はとても嬉しそうだった。
あれは無口で非社交的な『えこひいき』が『バカシンジ』の為に何かをしようと自分からなにかしようとしたことを喜んでいたのだろう。
暗い、剥き出しの配管が奔っている通路を歩きながら今度は『バカシンジ』としたあの夜の会話を思い出していた。
『たぶん父さんに褒められたいんだ。うん褒められたい、だから僕はエヴァに乗っているんだと思う』
その言葉を聴いて私は『あんたバカぁ』って確かそんなことを咄嗟に言ってしまったと思う。
評価トップスコア背景バックに居場所を求めた私と、居場所を与えられて、父親からの評価を求めるアイツ。
二つはとても似ていて、二人はとても似ていて……
だからそう、私は咄嗟に言ったんだと思う『あんたバカぁ』って。
だから私も『バカ』。
私とシンジは『バカ』
うんん、違う、違う。
『えこひいき』の言葉が頭でリフレインする。

『あんたあのバカのこと、どう思ってるの』
『分からない、でも碇くんにもポカポカして欲しいの』
暗い通路に私の声が響く
「それって好きってことじゃん」
だからそんなことも分からない『えこひいき』もバカ。

いらいらする。

バカとバカとバカ。
なんだか、エヴァのパイロットはバカ揃いみたい。
バカ、バカ、バカ
バカシンジのことや、えこひいきの手に巻かれた絆創膏の数。
色んなことが頭の中をグルグルと飛んでいる。
早くなる足取り、コツコツと響くリズムがスピードを増して行く。
気持ちもいらいらしていく。
どんどんいらいらしていく。
でも本当に一番いらいらしているのは自分に対して。
『バカシンジ』や『えこひいき』にいらいらしている自分に対して。
そこまで気づいて――足が止まる。
暗い光の中、誰も居ない通路で、響く足音が無ければ世界から忘れられてしまいそうな場所で私は立ち止まってしまう。
すぅっと、私のお気に入りの人形が暗い通路の暗い部分からやってきて私に問いかけた。
「ねぇ、どうしてアスカはいらいらしているの?」
「――それは、私が―――アイツの事を―――」











三号機の到着予定が遅れるらしい。
携帯端末のディスプレイに表示された情報に顔をしかめる。
念の為端末からスケジュールを開いてみても結果は変わらず、見事に重なっている。
「えこひいき……」
よりにもよってこの日にずれ込むなんて、運がない。
えこひいきの落ち込む顔を想像してみる。――――まぁ、見事に想像できない訳だが、落ち込むのは確実だろう。あの子は表情や言葉が乏しい代わりにストレートなのだ。
隠す、取り繕う、そんな当たり前の行動が取れない。
で、今度顔を会わせた時に想像も出来ないような顔を拝まされることになるわけなのだが……
三号機の到着と共に予定されている新型エヴァの起動実験。
只でさえ遅れ気味の予定を食事会だからと遅らせる訳にはいかないはず。
四号機の爆発事故グラウンドゼロ、それに伴い安全性を考慮、というか私に言わせれば弱腰の決定で、ネルフ本部から遠く離れた松代で起動実験のはずだ。
元々、エヴァの起動実験を行なえる十分な施設がない場所でのやろうというのだ。ネルフが突貫工事で準備をして、必要な人材、機材を松代まで移送している。
そんなことをする予算があるなら、エヴァの修理に回せばいいのだ。
で、本部で起動実験をやればいいのだ。
そうすればぱぱーっと三号機を起動させて、ささーっと食事会にうつれるのだ。
「ほんと、頭の固い大人って」
松代での起動実験に立ち会う、リツコと、ミサトは欠席確定。
碇司令が実験に立ち会うかは微妙だけど、二人が立ち会うんだ、それ以上は正直不要だろう。多忙そうな碇司令がわざわざ『えこひいき』と『バカシンジ』の為に時間を取ったのだ、今回は残念でした〜、また次の機会に〜、とは運ばないだろう。
もし、運んだとしても多分ずっと先の話。
その場合『えこひいき』の想像できない顔を見ることになるのだ。
「あ〜ぁ、ほんっと損な役よね!」
ベットから飛び起きる。
このままじゃ眠れそうにない。
端末から登録してある名前を呼び出してコールする。
食事会の趣旨、と言うよりは『えこひいき』の思惑。
とにかくその目的に最低限必要な人数は三人だ。
「ぽかぽかして欲しいの」
「父さんに褒められたいんだ」
そんな二人の言葉が蘇る。
Purrurururu,Purururur,Purururur
この食事会で私に出来ることは少ない、と思う。
『えこひいきの』料理の腕は分からないけど、努力しているのは悔しいけど認めてる。
『バカシンジ』がビクビクしながら碇司令に話しかける姿はいらいらする。
まぁ、だから、そんな、手料理作って、みんな仲良しこよし。
そんな子供みたいな計画を応援するのも悪くないかなーと思ってしまったので……
本当はもっと雰囲気とか、時期とか、アイツの好きな食べ物、嫌いな食べ物、色々手を回すものがあるでしょう!!なんて言ってやりたいんだけど、上手く行って欲しいって思ってる私が居るわけで、
「あ、ミサト?三号機のテストパイロットなんだけど―――」
この私がここまでしてあげるんだから、一週間はバカシンジに私の好物を作らせないと割りにあわないわよね。
なんと事を考えながら、ミサトとの電話を終えて私は三号機のテストパイロットになった。
ボスっと背中から倒れこんだベットに倒れこむ。
すうと息を大きく吸い込む。
うん、よく寝れそう。
同じ屋根の下、鍵も掛からない部屋で旧い音楽プレイヤーを聞きながらすやすや眠ってる無用心な奴のことを考える
「上手くやりなさいよ、バカシンジ」
誰にも聞きとがめられない言葉を私は呟いた。