きぃ、ぱたん

 扉の閉まる音がして私は、一つ小さく息を吐いてあるじなき部屋を見渡す。
この部屋が主を失ってから丁度一年となった。
部屋は内装、調度に一切手を付けず、あの頃のまま定期的に掃除を入れているだけの有様だ。
「無様ね、曹孟徳」
 国の中心たる王の居城に空室があり、一年もの間、この部屋を有効に用いることが出来なかった。
そうこの部屋は宝の存在しない宝物庫のようなものだ。
曹魏の王が庫を新しい宝で埋めることが出来ず、かといって新しく別の用途に用いることもできない。
ただ、曹魏の王たる私が、失った宝が居た場所を訪れて感傷に浸るだけの場所だ。

「無様ね、華琳」
 蜀、呉の要人を招いての宴。
三国が築きあげた平和。
そこには当然居て然るべき人間が居ない。
共に戦場を駆け、街の整備に尽力し、幾度と私の部下を救ってくれた筈の男がいない。
だからせめてもと、男が残した書から案を引き出してきて、せめて……
ん、それがいけなかったらしい。
足が自然とこの部屋を訪ねてしまっていた。

「あら?なにかしら」
 部屋の机の上には見慣れない銅鏡が一つ。
「稟が置き忘れたのかしら、それとも風が」
 この部屋を訪れる人間は意外と多い。
一刀が天の国に帰ったと魏の武将達には知らせてあるからだ。
春蘭はその知らせを聞いたときは「ふん」と鼻を鳴らして平然としていたけれど、その夜、この部屋で秋蘭の膝で泣きじゃくっていたのは知っているし、季衣、流琉などは「お兄ちゃん!!」と元気よくこの部屋の戸を開けていた姿は痛いたしかった。
一刀の部下三人はこの部屋を終生の酒盛り場とでも決めたのか、夜な夜なここで酒を飲む姿をよくみかける。
「忘れ物だとは思うのだけれど……あら、手紙が……私宛?」
 手紙には丁寧にも魏国の王宛と思われる文が書かれていた。
「なにかしら。えっと、正史より端を発せし外史。氏は蝶の夢みて遊び、氏は蝶の夢より覚めゆかん。外史は正史より端を発し、外史は正史へと帰結する。なればこの銅鏡、外史より外史を作り出すものなり、繋がらぬ正史に今一度穴穿ち、正史より氏を連れ戻し外史を作り出す鍵なり。夢は覚めぬ。人いる限り、夢続く。   卑弥呼」

 ぽう
読み終えた瞬間銅鏡が淡く光を放ち始める。
それは流星が落ちる色によく似ていた。
「華琳様〜」
 遠くで春蘭が私を探す声が聞こえる。
その間にも銅鐸は光続け、新たな予感を感じさせる。
「あぁやはりこちらにお出ででしたか華琳様。ってわああ」
「どうした姉者!?な、この光は。華琳様、危険ですお下がりください」
 春蘭の声を聞きつけ、秋蘭まで駆けつけてくる。
益々と光る銅鐸。
秋蘭は危険だという。
だが私には確信があった。
これはあの男に繋がっているのだと。
曹孟徳には確信があった。
この光の先に一刀が居るのだと。
ならば魏の王たる私から出る言葉は一つしかない。
「春蘭!秋蘭!」
「「は」」
 この高揚は一年ぶりだろう。
それが伝わったのか二人も機敏に礼を執る。
出陣るぞ随伴ともをいたせ」
「「は」」
 この高揚、この心臓の高鳴り
私は光に呑まれる瞬間大きく天に向かって大きく叫んだ。
「待っていなさい一刀!!」












夢の果て、夢の続き










 夢をみていたんだ。
他人に話して聞かせれば、そんな言葉を哀れみと共にかけられるだろう。
聖フランチェスカ学園三年、北郷一刀は夢を見ていたのだと。
夢から覚めて初めて見た光景は、白い見知らぬ天井だった。
通学路で倒れていた。
それが理由らしい。
いまでも思い返せる。科学と科学を混ぜこねた薬品の匂い。鉄筋とコンクリートで建築された建物の内部。咽返る薬品の匂いと、閉塞的な近代建築に胃液は逆流し、シーツは汚れてしまった。
そして吐き戻してしまった事実より、こんなにも俺の体と心はあの国に馴染んでいたのかと泣いてしまった。
華琳たちと出会う前、普通に送るはずだった学校生活の続きから俺はこの世界で生きていくことになった。

 気だるい授業の五限目、学院に通い制服を着込む身分の三年目ということから分かるように、俺は受験というものをしなくてはならないらしい。
らしいというのは少なくとも俺の周囲はほぼ十割がた受験する。
そんななか就職するか、受験するか、そんな単純なことすらも決めらないのは俺くらいだと、最近担任の小言が五月蝿い。
そういえば進路希望調査票が白紙のまま机の中に入っていたなと、厭なことを思い出し、手元の本を閉じて窓から空を見上げた。
そして空を見上げていつもと同じ想いを抱く。
『あの時見上げた空はもっと雄大ではなかったか。壮大で、広大で、何処までも続く果てない蒼天の空じゃなかったか』
溜息ひとつ、教室を見渡す。
教師が監督しているだけの自習授業。
みんな思い思いの参考書を片手に黙々と勉強している。
この一年の間、空の風景もあまり好きでは無くなったが、この教室の風景も苦手になった。
疎外を感じるからだ。いや事実、俺はクラスメートから外れている。
三国志の夢をみた俺は、その世界で何年かの時間を過ごしている。
だから精神的時間が周囲より先に延びてしまっているし、肉体もどうやら向こうで過ごした時のことを覚えているようで、年齢的にも周囲より先を行ってしまった。
仲がよかった奴には老けたか?と冷やかされた時もあったが、入院したせいだよと、曖昧に笑うことしかできなかった。
周囲には大人っぽくなったとか、他の男子より落ち着いてるだとか、そんな理由があるからなのかは知らないが、よく頼られるようになった。
大人だとか、落ち着きだとか、それは皆から一歩引いて周囲をみているせいでそう見えるだけのことだ。そして、そんな心持ちの俺がクラスに存在していることが酷く申し訳なくなるときがある。

 図書館に通い、世界の建築物仕組みを読み、様々な偉人が行った政策を熟読するようになった。心理学にまで手を出した。
内政を行う為の知識を得るためだ。
そんな機会あるのか?
ないと理解かっている。
だけれどそうせずにはいられない。
なら歴史書を読むといい。
歴史書には手を出さなくなった。
理由は簡単だ。
曹操が三国統一を果たしていなかったからだ。
たったそれだけ。
人は当たり前だと言う。
だけど俺にとっての事実はそうではない。
だから歴史には余り触れないようにしてきた。
きっと感傷なのだろう。

「あと五分」
 物思いに耽っていたせいで五限目の授業終了まであと五分となっていた。
書籍は切りのよいところまで読んでしまっていたので、開く気にはなれなかった。
前の席に座るクラスメートの背中を見ながら、俺は何がしたいのだろうか、と思い悩む。
国を動かしたい訳じゃない。内政で国を豊かにしたいわけでもない。
政治家を目指すだなんて考えられない。
俺はただ魏国のため、華琳の為に役に立ちたかっただけなのだ。
だけど俺は仕える主を失った犬だ。
主に褒められたい為に芸を磨く犬だ。
仕えるべき主を失ったのに……。
「と、そこまで自分を卑下することもないか」
 窓からグランドを見下ろす。
見知った三人の姿を見た。
「はは、幻覚まで見え始めた」
 自習授業がそろそろ終わるという頃合。クラスメート皆の集中が途切れ始め、各々が声小さく周りの人間と話を始めたざわついた教室。
その一つに俺の呟きは混ざって消えるはずだった。
上から見下ろすグランドに、懐かしくも焦れる三人の姿を幻と見ている俺の呟きは、自嘲の言葉のように誰にも聞きめられることなく風に消えていくはずだった。
だけれど、風が耳に運んできたのは思いもよらない言葉だった。

「おい、あれ誰だよ」
「はぁ?何だよ何かあんの?」
「コスプレ、コスプレ、マジ気合入ったコスプレ女いる!!」

 ざわつき始める教室。
窓側に集まり少しずつあつまり始めるクラスメート。
教師はもうすぐ授業が終わることもあってか、クラスの挙動を黙認する構えだ。
それを、俺は声も上げられず下を注視することしかできなかった。

「おい、警備員きた、きた」
「やべ、不法侵入なんじゃね?」
「えー不審者なの」

 違う。
眼下の光景が俺の幻じゃないとするなら、あの三人が不法侵入なんて度の軽いことをするはずがない。
駆け寄る警備兵に、春蘭とおぼしき人物が剣を抜いて殴り飛ばす。
わっ、とざわつく周囲。
その光景は俺達のクラスに留まらず、別のクラスで様子を窺っていた連中の目にもとまった。

「なに、剣?剣なのか」
「えーなに、どしたの?」
「やべやべやべやべ」
「あー真ん中の子可愛い」
「不審者、不審者、不法侵入だって」

 違う、俺の思い通りの人物たちだとしたら、不法侵入とはちがう。
きっと警備員呼び止められた華琳がその声を黙殺して、しつこい警備員が春蘭に殴られたに違いない。それを秋蘭が呆れ顔で姉をたしなめたにちがいない。
英雄たる王を止めるほうが間違っているのだ。
王が通る。
それは侵入ではなく侵略に他ならない。
それはきっと堂々とした、尊大なものになるに違いない。
ほら見ていろ
「我が名は曹孟徳である!」
 グランドの中央、陣取った三人の内一人が進み出て名乗りを始めた。
静まるクラス。息を呑む学校。
この世界に居るだろうか?ただ名乗るだけで周囲が息を呑み身体を凍らせるだけの器をもった人物が。起す一つ一つの挙動に目を奪われ、心奪っていくだけのカリスマを持った人物がこの世界にいるだろうか。
あぁ、あれこそ俺が焦れている人物。
俺が恋焦れてやまない英雄。
「北郷一刀!迎えにきた。我が前に進み出て跪け!!」
 おい、おい、あれじゃ脅迫まがいの降伏勧告だ。
笑いつつ席を立つ。

「一刀?」
「北郷が呼ばれたのか」
「北郷が」
「一刀くんが」

 ざわつくクラスメート、押しのけて教室の扉を開ける
キーンコーンカーンコーン
終了のベルが鳴る。
「はは」
 思わず笑ってしまう。
終了のベルがなったからだ。
開始のベルが心に響いた気がした。
「あはは」
 教室のドアを閉める
堪らず走り出した。
「えぇーーーーーーーーーーーーーーーー」
 教室から悲鳴のような歓声があがった。

華琳、華琳、春蘭、秋蘭、華琳、華琳
途中廊下で現国の教師に止められた。
「あー!!後ろに刀を持った不審者が」
 脇をすり抜け走り抜けた。
春蘭、秋蘭、華琳、華琳
階段途中、体育教師怒鳴られつつ道を塞がれた。
「すみません!!」
 階段から飛び降りて体当たりをかました。
春、華、秋、華琳!!
「あーだめだ。足痛い」
 体当たりかました時怪我したらしい。
それでも足は走っていた。
気持ちは逸っていた。
上履きのまま校庭にでた。
そしたら、校庭では警備員が四、五人のびていた。
そして堂々と三人は立っていて。
「華琳!!」
 抱きついた。抱きしめた。
他の事なんてどうでもよかった。
「こ、こら一刀!跪けと私は言ったのよ」
 小さな顔を真っ赤にして華琳は照れていて、
「こら北郷、貴様久しぶりに会ったと思ったら、華琳様に馴れ馴れしく!!は〜な〜れ〜ろ〜」
「うん!春蘭も久しぶり!!」
 華琳を腕に抱いていたから、春蘭にはキスをした。
「な、な、にゃにをする!!」
「姉者、噛んでいるぞ」
「あ、秋蘭!久しぶりだね?」
「あぁ、久しぶりだな北郷」
 秋蘭はやれやれ、といった具合で笑いながら迎えてくれた。
「一刀ぉ〜?この私を腕に抱きながら、他の女に口付けをするなんていい度胸ね」
「い、いや、これは!きっと海よりも深い理由があるはずなんだ!」
「五月蝿い」
「ごふぅひゅぅ」
 股間を蹴られた。
崩れ落ちるしかなかった。
「もういいわ。私と共に来るか、どうかの選択肢をあげようとおもったけど、もういい」
「う゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛」
「問答は無用ね。秋蘭!」
「は」
「戻るわよ、銅鏡は光っているわね」
「未だ健在です」
「よろしい」
 秋蘭が両手で大事そうに抱えている物が淡く光を発していた。
それが何をきっかけにしたのか、眩く光量を増し、渦を巻き始めた。
「ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛」
 未だ下から上へ突き上げる『あの』痛みを堪える俺に頭から声が降って来た。
「異論は認めないわ。北郷一刀、貴方は私と一緒に来なさい」
 コクコクと必死で頷く。
「替わりに全ての責任は私が持つ。全ての後悔も曹孟徳が忘れさせてあげる」
 あ、股間の痛みが少しだけ和らいできた。
「だから―――」
 光に包まれ、渦に飲み込まれた。
俺はもう一度、今度は覚めることのない夢を見に行く





Epilogue


 三国の雄たちが居並ぶ魏国主催の催しは盛況であったが、魏の王不在という未聞の事態に陥った。秋蘭が稟と風に事情を説明しにいき、俺の部屋にやってきた二人に俺は一年ぶりに再会の挨拶をした。
だからこの時点で事情を知っていたのは、俺を迎えに来てくれた三人と、軍師二人ということになっていた。
後から聞いた話になるのだが、王不在の理由を魏が誇る頭脳、二人の軍師があれやこれやと、適当なことをいって誤魔化し、秋蘭は華琳のことを聞かれると何故か真っ赤になって口を滑らそうとする春蘭の面倒をみていてくれたらしい。
そして、なぜ王不在の事態に陥ったかというと……
ほんと、すみません。と謝ることしかできない。
「ぬかったわ、立って歩くこともままならないなんて」
「すみません」
 ちなみに俺は絶賛土下座中である。
一年振りに味わう華琳が魅力的すぎたのがその理由だ。
「うるっさい」
 怒られてしまった。
昨日はあれだけ可愛かったのに今はツンに移行してしまった。
「ごふ」
「何を考えているのかしら一刀?」
 北郷 一刀現在土下座中の頭を絶賛踏まれております。
どこの誰だ!『我々の業界ではご褒美です』とか言ってる奴は、今すぐここに来て代わりに踏まれてみろ!癖になるぞ!!
「おー、楽しそうなことをしてますねー」
「「風」」
 ノックもせずにやって来た風。
それを見止めて声を上げた華琳と、声だけを聞いて風だと断じた俺。
ちなみにこの間も土下座中である。
「何の用かしら、風。この部屋に入ることは禁止していたはずよね?」
「それが春蘭さまが口をすべらせましてー、華琳様は閨で色に耽っていると」
「なっ、それって大事じゃないか!!」
「きゃ」
 頭を押さえつけていた華琳の足を思わず退けてしまうほどの驚きだ。
今の立場はきっと女子高生が病欠と偽って学校を休み、彼氏とデートと洒落込んでいたら。
ラブホにしけこむ瞬間を生徒指導の教師に見つかってしまった。と同等のピンチだ。
「どうしよう、どうしよう……風?」
「…………ぐう。」
「って寝るな!」
「おぉ、いやーこのやり取りも久しぶりだねぇ〜」
「いや、本当久しぶり」
「それで私はいつまでこの漫談をみていればいいのかしら」
「おぉ!そうでした」
 この状況下で、俺からツッコミを引き出してしまう風が恐ろしい。
「華琳様にはですねぇ、開き直って閨で楽しんでいたと肯定していただくのがいいというのが、私と稟ちゃんの共通見解ですかねー。もともと、好色で有名でしたし、この程度のことで怒りたてる方も、今回の宴には居ないでしょう」
 キャンディーらしき物を口に咥えながらもごもごと話す風。
あの堅物、稟まで同じ方針だとは思わなかった。
『英雄ともあろうおかたが、な、なんて破廉恥な』
と鼻血を放射状に飛ばしながら風の意見に反対すると思っていたのに。
「わかったわ、その方針で行きましょう。劉備、孫策たちはもう集まっているのかしら」
「はい〜。孫策様などは華琳様がどんな弁を立てるのかと楽しみにしていましたよー」
「そう。いいわ、では行きましょう」
 立ち上がるとき、華琳が少し苦しそうにしていたが、そこは王の意地が支えるか、背を伸ばし堂々と立ち姿をみせた。
部屋を後に、華琳に追従する形で、右に俺、左に風と諸侯の待つ、玉座まで歩いていく。
俺にとって、一年ぶりに向かうその場所には、まだ会っていない面々が顔を揃えている事だろう。楽しみだ、再開の言葉には何を喋ろう。
何か気の聞いたことを言おうと考えていると、「そういえばお兄さんに渡すものがありました」風が袖から竹の漢書を取り出して渡してきた。
「ん、なにこれ」
 結び紐をしゅるりと解き、中にさっと目を通す。
そして、そこに書かれた内容に呆然とする。
「な、なんなんでしょうこれは……」
「はぃー、稟ちゃんと一緒に昨日夜なべして作ったんですよ。お兄さんの交友関係を持つ人がお兄さんの帰還を知ったら大変な事になるだろうと、対策を纏めときました」
 ちなみに内容は、今日は春蘭と秋蘭、明日は真桜、沙和、凪まとめて三人とそんな調子で一週間先まで夜の予定が組まれていた。
「いよ、憎いねー。このこの。渇く暇がないってやつですかぃ」
 予定を組んだ張本人がぬふふ、と笑っている。
ちなみに風と稟も予定にしっかりと組み込まれている。
「魏の種馬と言われるだけあって、節操がないですねぇ。稟ちゃんはお兄さんのあまりの気の多さに予定を組み立てながら鼻血拭いてました」
「え、死んじゃう?死んじゃうよ俺」
「おおう、腹上死ですかい、ぜいたくですねー」
 洒落になっていない死因である。
「おもしろい予定ね北郷一刀」
 手元の漢書をいつのまにか覗き込むお人が一人。
俺の死因、その可能性がまた一つ増えた。
刺殺である。きっと腹の辺りをぐさりと、それはもうメタメタにやられるに違いない。
「決めた、覚悟しなさい北郷一刀、諸侯の前で貴方の進退を決めてあげる」
ひぃーーー
ひぃーーーーーー
 目的地、居並ぶ諸侯。
華琳を先頭に何とか上辺だけは取り繕って、進み歩く。
見知った顔が居並ぶ。驚いた表情をする娘。目を疑う者。
小さく手を振っておく。
華琳に手を付けた人数、その名前まで知られてしまったからだ。
さようならみんな。あえて嬉しいけど、この振っている手は別れの挨拶になるんだよ?
華琳が王座に座り、風は桂花、稟の所に軍師の居場所に進み、俺は何故か、一番前、華琳が座る王座その一段下の場所まで進み出た。
今回に限り俺の居場所はそこということらしい。
他の諸侯たちよりほんの少しだけ高い位置。
怖れおおいその場所は、俺の背中に華琳がいるということも相俟って、一層厳しいものに替わっていた。
「まずはこの曹孟徳、謝罪を申しあげる」
 背中の方で華琳が頭を下げる気配がする。
そして、
「次に報告しなくてはならないことがある。ここに居並ぶ諸侯を証人として、この曹孟徳」
 一回だけ華琳が小さく息を吸った。
まるで覚悟をきめる時の一息を行なったみたいだ。
そして、その華琳がした覚悟。
発した言葉、それは三国を一瞬で駆け抜けることになる
「ここに居る北郷一刀を夫とする事を天に宣言する」
諸侯「「「「「えーーーーー」」」」」



 始め、華琳は胡蝶の夢だと言った。
終わりに、俺は夢から覚めることになった。
華琳は行かないで、そう泣いてくれた。
そして新たな始まりにもうどこにもいかないでと言ってくれた。
きっとそれが覚めることのない夢の始まり。
いつまでも、どこまでも飛べる胡蝶の夢。
俺は覚めることのない夢を見始める。


fin









風「ち、先手を打たれましたね」

今度こそfin