外の季節は秋なのか、この世界に秋風といったものが吹き始めた。
最初に訪れたこの場所は鏡のように反射する雪原だったが、どうやら主人の心持ちしだいでどうとでも変わるらしい。
今、この世界は紅い夕陽が伸びる黄金の草原といった具合だった。







  猫の使い魔



 鈴の音が響く
「やれやれ、お帰りか」
 草原だけの世界にポツリと創られた、ログハウス。
外からみれば丸太を組み上げただけの素朴な別荘といった具合にみえるだろうが、中々どうして、住み心地は最高だ。
家具も木目の滑らかで優しい色合いの物に統一されており、この家の主のこだわりが伺えるというものだ。
代償に一週間ほど無為に過ごすことになったがな。
「さて、口うるさい主が帰って来る前に出迎えの用意をしよう」
 立ち上がろうと体を起こした所に「もう帰ってるわよ、この駄目使い魔」不機嫌な声がかかる。
「おやおや、お早いお帰りで。今日はもうよろしいのですか」
 恭しく芝居がかった動作で頭を下げる。
なぜならばそこには敬愛すべき吾が主がいらっしゃるのだから。
白雪みたく儚い色をした長い髪に、大きな白いリボンを結び、白いロングのワンピースを着た小柄な少女。
『白レン』
彼女こそ草原の主であり、この世界の創造主だ。
「貴方私の居ない所で、そんな風に私を蔑んでいたのね。よもや口うるさいだなんて、ご主人様に対する態度がなってなさすぎるわ」
 入ってきた玄関先で扉を背に、その小さな頬を少しだけ赤くして噛み付いてくる。
「口さがない奴と知りながらも拾ったのは君だろレン。それに躾をとやかく言いたいのだったら志貴の奴をこの世界で飼えばいい。アイツはうってつけだ、血統も確かだし躾もされている。そうなれば俺も――」
「う、うるさいわね。一度拾ったものを捨てる訳にはいかないでしょ!それにこれからはもっとちゃんと躾けるんだから。そうよ、真祖から志貴を奪うのは手間なんだから、七夜をきちんと躾ければいいだけなんだから、七夜がもっとちゃんと私の使い魔らしく振舞えばいいのよ」
「―――ふう。やれやれ」
 肩をすくめ嘆息する。
「では、しがない使い魔をやしなう為に奔走されていた主人の労に報いるため、お茶をご用意させていただきたいのですが―――よろしいでしょうか?」
 左手はそのままに、右手を胸の辺り添えるように恭しく礼をする。
わざとらしい俺の挙動に、レンは呻いて「は、早く用意なさい!」と、言ってそっぽ向いてしまった。
―――やれやれ。
 食器棚に向かう。食器棚はログハウスの組み立て当初からおかれているもので、ハウスの壁と柱部分をうまく利用した形で据え付けられている。
蔦を巻いたように彫られた木枠のふちに、薔薇を描いたガラス。透明なそのガラスから覗き込んで、目当てのものを探す。
戸を開け、手をすこし伸ばした場所にあるティーセット。今日の紅茶にはこのセットが一番似合うだろう。棚から一式すべてとりだし、戸を静かに閉める。
「次は、っと」
 紅茶の葉を置いてある棚に向かう。
柱と柱、その間に二枚の木板を取り付けただけの簡素な棚、それが紅茶の葉をおいている場所だ。ラベルを張った缶を所狭しとおいたそこは、魔女が触れてはいけない薬品を並べたてているように見えなくもない。まぁ、紅茶なんだがね。
目当ての葉を捜そうとラベルを左から順に確認していくと、おや?っと思った。
どうやら俺は目当ての葉の銘柄を忘れているらしい。たしかに茶道を極めようとおもったことなどなく、まして西洋にかぶれた文化を積極的に受け入れるつもりもないのだから、紅茶の銘柄などおぼえているはずもない。
「淹れたい葉の銘柄がわからぬのだが、レン判るか?」
 暇なのか、先ほどから席についたまま足をぶらぶらさせ、吾の背中を見ていたレンに問いかける。
「わ、私に七夜が淹れたがってる葉が何かわかるはずないでしょう!?」
「……何を慌てている」
「う、うるさい!別に七夜のことなんか見てないんだから」
「――――」
「――――言いたいことがあるなら言いなさいよ!?」
 無言でレンのことを見る。
「な、なによ……」
 レンが、何かを耐え切れなくなったように視線をはずしてどもる。
「いや、どうしてだろうな――――レンなら吾の考えていることが判る気がしたのだ。己すら持てあますような事柄も君なら、答えをくれるような気がした。――――ふ、馬鹿げたことだ」
「……………」
「さぁ、忘れてくれ夢を繰るのが君ならば、これもまた一夜の夢だ。訊かなかったことにはしてもらえないか」
 レンは何を考えているのか、俯いたまま何も言わない。
いや、かすかにうめいているようだ。しかも心なしか腕も小さく震えている。
「レン?」
 バっと、音がなったかと思わせるほど勢いよく、レンがそのまっ赤な顔をあげた。
そして腕で右から左へ、線を引くように一度だけ動かした。
すると、テーブルにレースをあしらった真っ白なクロスがひかれ、その上に注がれた紅茶が現れた。紅茶は俺の選んだティーカップに注がれていて、鼻腔につく香りは吾の求めていたそれだった。
「ここは私の世界なんだから!!私が望めばすべて叶うんだから!!な、七夜が淹れようとしてた紅茶と、わ、私がのみたいな〜って思ってた紅茶がたまたま一緒だっただけよ。そうよ、偶然なんだから……偶然………な、なによ。黙って見てないで座ったらどうなの!」
 偶然…か。
レンの心情風景に住まう吾を、自身の夢として扱い、解剖して必要な情報だけを汲み上げて、推察。そして自身の心情に投影する。そんな過程プロセスをいちいち踏んで行ったことを偶然で済ますか…。
いや、彼女なりに己が使い魔をあんじたといったとこだろう。
『レンなら吾の考えていることが判る気がした』
吾がそんな妄言を吐けば気の一つも揉みたくなるか。
いや、しかし
「レン。君の心使いに感謝を…………あぁ、まったく。君が主でよかったよ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 何故か目一杯顔を赤くしたレンは「う、うるさい!!」と一言、尊大な態度で感謝の念を斬って伏せた。






〜〜茶会にて〜〜




「少しは使い魔としての自覚がでてきたみたいね」
 ふふんっと、鼻を鳴らすレン
「でもどうして■■■■■紅茶なの?」
「あぁ、それはだな」言って取り出したものを七ッ夜で輪切りにする。
 それを紅茶に浮かべて、飲む「うむ。旨いな……どうだいレン、君も。季節の紅茶と言う奴らしいぞ」
「うん、じゃあせっかくだから私も」
 レンの分も七ッ夜で薄くスライスする。それを刃先に乗せたままシュッっと手首の返しで向かいの紅茶に放りこむ。レンの紅茶をこぼすことなく、綺麗に入ったそれを見て
「マナーがなってないわね。まぁ今回は多めに見るけど…」
 と、上機嫌にいった。
「ねぇ七夜。これってオレンジよね」
「ん、そうだが?なにか」
 手の中のカップをしげしげと見つめるレン。
「私、オレンジを口にするのはじめてかも…」
「ほぅ。それは僥倖。是非感想を述べてくれ」
「う、うん」
 恐る恐るというか、レンは子猫が皿に注がれたミルクを生まれてはじめてなめるように小さく舌を出して飲んだ。瞬間、
「―――ひゃぅ!!」と実に可愛らしい声を上げて驚いた。
「はははっは」
 普段は隠している耳も尻尾も、全てがピーンっと張られ固まってしまっている。
「えっほ、えっほ。な、なによこれ。」
 舌を出して、手で顔を一生懸命洗っている
「いや、本で読んだんだが。猫というのは柑橘系の物はだめらしくてな、今後のこの世界で暮らしてゆく為に是非試して見たくてな」
 ピタ。レンの動きが止まった。
「ねぇ、七夜?それっていったい何の本?」
「そんなの、決まってるだろ?」
 一息置く、
「『猫の飼い方』」
「こ、この……」
 レンの肩がプルプルと震えだす。
それに伴い、彼女を中心に冷気が渦を巻く。外はすっかり美しい秋の草原ではなく、身も凍るような雪原に姿を変えていた。心情風景はこの世界の主の精神に左右される。基本的に春と秋しか訪れないこの世界が雪原に覆われる理由は、敵が現れたか、この世界の主がいたく、ご立腹ということだ。

ん、つまり?







「こんの、駄目使い魔ぁぁああああああああああ!!」



 今日も平和と云うことさ。