言葉に想いを




「こんにちは」

「いらっしゃいませ―――士郎?」


 疑問系の挨拶を貰ってしまった。

 まぁ、突然バイト先に知り合いが来たら俺も似たような反応を疑問系で返すのだろう。
ここはマウント深山商店街にある骨董店、つまりライダーのバイト先だ。


「どうしたのですか?」

「いや、特に用事があるわけじゃ無いんだけど……」

 日曜日の午後。各々、出かけてしまった家で一人過ごすのが無性に寂しくて、行き先の判るライダーの後を追ってみただけなのだが……。

「冷やかしですか?」
「違います。断じて違います!」

 冷めた表情で睨まれてしまった。
眼鏡越しでも、ライダーの瞳に睨まれると身はすくんでしまう。
 ヤッパリ、美人の眼光は鋭いとか、蛇に睨まれた子羊とか、なんとかかんとか。
……はい、怖いです。

「ふふ、冗談ですよ士郎。丁度暇になったところです。来店者が来るまで話し相手をしてもらいませんか」
「そうゆうことなら、喜んで」
 どうせこっちから提案しようとしていた事だ、断る理由なんて無いんだし、折角ライダーが気を使ってくれたんだ。素直に甘えとこう。



「普段の仕事ってどんなことしてるの?」
「普段ですか、そうですね…人が来れば接客をしますし、来ないときは主に商品の手入れ、店内の掃除といった所でしょうか」
「へー」
「ただ私は接客に向いてないようです。」
 苦い表情からでた言葉は俺には意外だった。
ライダーならどんなお客がきても、淡々と接客をこなしそうなイメージがあるんだけどな。

「だったら接客のイロハを教えてあげるよ。こう見えてもバイト経験はライダーより豊富だからさ」
「本当ですか!」
「接客、どうにかしたいんだろ」
 折角ライダーが悩みを打ち明けてくれたんだ、此処は俺が持つ、豊富なバイト経験を基に悩みを解消してあげなくちゃ。



「で、具体的にはどう苦手なの?」

 店の奥。お客さんの入れない店員専用スペースに椅子を二つ、向かい合わせで並べ、一対一の面接をするかのように座る。
 まず、ライダーが接客を苦手と感じる事を聞きださなくてはなるまい。

「その…男性客が……どうも駄目で」
 ん!?これは予想外の悩みが出てきたぞ。しかも俺が苦手とする未知の領域部だ。
「初めて来店される方など、私の顔を見るなり石化したみたいに固まってしまい、いくら声を掛けても反応してくれないのです」
「ふむふむ、」
「ようやく気がつかれたと思ったら、何も言わずに全速力で店を出てってしまうのです。ないか適切なアドバイスを戴けないでしょうか」
 真剣な眼差しでズズイっと寄ってくる美人のお姉さん。
うん、初めて来店した男性客の気持ちが手に取るように分かる!!
 骨董店なんてのは何かの気まぐれに訪れるような場所だ。たまたま興味を引かれて、偶然入った骨董店に、世界三大美女もビックリの美人店員がいたら誰だって石化する。
 だから、
「ごめんアドバイスは出来ない!」
 素直に謝っておこう。

下手に、『接客は笑顔で!』とか『挨拶はハキハキと!』などと教えてしまったら、衛宮家はストーカー達が徘徊する魔境になってしまう。
(既に何人かの記憶を消去しているので洒落にならん)
「そうですか…士郎でも無理なのですね。」
 そうゆう訳じゃないんだけど……
ライダーの接客は多分間違いはないんだ。部屋に『接客の基本』って表題の本があることを俺は知っているし、ライダーが努力家な事も十分に知っているつもりだ。
 だから落ち込んだライダーの表情は胸に刺さるものがある。
ライダーに悲しい顔をされるとこっちまで悲しくなってしまう。


「人には得手、不得手がある」
「士郎?」
「ライダーはたまたま接客に向いてなかっただけで、他に出来ることは沢山あるはずだ」
「そうでしょうか。商品を壊してしまうことがあります。接客も満足に出来ません。」

 悲しそうに、そんな悲しそうに、自分は駄目だと卑下しないで。
誰かが泣いていると涙を止めてあげたくなる。
誰かが悲しんでいると笑顔を取り戻して欲しくなる。
「店番をしっかりしてるし、経理も一人でちゃんとやってる。」
 ふるふる、と首を振って否定する。
「家では洗濯物を雨に濡らしたり、料理をしようと思えば小火を出したりするんです。」
「洗濯はしなおせばいい、小火なんて日常茶飯事だよ」
 それでも言葉は届いてくれない。
ライダーは悲しそうに微笑んだままだ。
 自分の言葉が足りない。
想いは溢れてくるのに、言葉で表現しきれない。


「私は、フッと惑う時があるんです。現代と呼ばれる時代、二十一世紀の文明時代に呼び出された私は戸惑うことがあるんです」

 席を立ち商品が並ぶ場所にユラユラと歩いていってしまう。
悲しそうに、迷い子のようにふらふらと淡く歩いていく。
 その影を視線で追うことしか出来なくて、
足りない言葉が悔しくて俺は唯、唇を噛んでいた。

「会話を交わしてる時にふと、夕暮れを歩いてるときにふと、眠りに落ちる瞬間にふと、自分の存在を疑うことがあるんです。本当に些細、それでもどんな時にでも、合間合い間に遣って来ては私の中を疑問が通りすぎてしまうのです」

 日が傾き、擦りガラスの扉から入ってくる斜陽は、ライダーを透明なガラス細工のように捉え、光の全てが店内に流れ込んでくる。
 壊れそうな美しさ、割れそうな切なさ、崩壊しそうな存在。

「私は夢を見ているのではないのか、この世界は幻なのではないのか、本当はあのゴルゴンの島で一人過ごしているのではないか。そう、惑ってしまうんです。」

 この世界は幻想。いや自身が夢なのではないかと疑ってしまう。
誰も知らない世界で、誰も居ない世界で、望みのためやってきた彼女は一人戸惑っている。
 悔しい。自分の言葉、語彙の無さが此処まで悔しいことだとは思わなかった。
 もし、世界中の言葉が話せたなら、ありったけの言葉で存在を教えてあげられるのに、
もし、偽神の書があったら正確にこの想いを伝えるのに、
どれもが足りない、何もかもが不足している。
なんで、想いを言葉に出来ないんだ。

「可笑しなことを言いました、忘れて下さい。」
 振り払うように微笑んで、何事もなかったかのように動き出す。
「さて、そろそろ店を閉めます。帰りましょう」
 悔しい、誰かが悲しんでることが
ライダーが悲しんでいることが悔しくて堪らない。


「ライダー!!」
 腕を思わず掴んでいた。
椅子を倒し、全力で腕を握っていた。
 出口の向こう、あの夕焼けに消えてしまいそうなライダーをありったけの力で繋ぎとめた。

「…………」
「こっちを向いて、何も言わなくていいから」
 彼女が泣いてるわけでもない。(泣きそうなだけ
 彼女が消えるわけでもない。(揺らいでるだけ
 何も言わない瞳、キュベレイと名付けられた綺麗な宝石
 飲み込まれそうで、繋がれそうな視線。
それでも言葉を、想いを言葉に出来ないなら、言葉に想いを


「ライダーが居てくれて良かった」
     言葉にありったけの想いを乗せて、彼女にだけ届くように


「――――――はい、私もここで良かったです。」
         その笑顔を見るために、言葉に想いを乗せた







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