マグダラのカレン




「此処が件の町か、」
 古い町並み、閑散とした人の流れ。
 紀元暦から五百年程取り残されたかのように立ち並ぶ建物は、歴史的文化財のように保護されている印象は受けず、この町の在り方を並べたら町になった、といった印象を受ける。
町一番の密集地帯であろう通りには、点々と僅かな人の流れがあるだけで、道は広く開け放たれている。
その様は、地平線に届くかのようであって、世の最果て、別世界の入り口のようにもみえる。



「まずは、寝床を確保しなくてはなるまい。」
 理想を言えば、家々から少し外れた場所がよい。誰にも影響が無く、人に発見されることの無い場所。
此処までの道程を思い出し、町との距離などを考慮し思考する。
     ……ふむ、あの場所が良いだろう。
あの森は人が嫌気するほどに深かった、あれならば第三者が迷い込むこともあるまい。
結論付け行動を思考から探索へと切り替える。

 町を廻り、意識を延ばすようにして、異常を探し出す。
異質な澱み、空間の異常、瘴気、あらゆる異常を想定しながら歩く。
本来ならば大通りを基点し、探索したほうが効率的なのだが……危険だな、

怪異は一般人にまで届いていた。
それは噂の域をでないものだが、噂としては一級品だった。

 噂は殺人に関するものだった。
『連続殺人が起きた』『行方不明者がいる』『被害者は全員女性らしい』
どれもこれも新聞を賑わす程度の話題しか持ち得ないが、それが殺人ではなく怪異として人々に認識されているのには、いくつかの理由がある。
 まず徹底した情報封鎖。
恐らく、ロンドンかバチカンが圧力を掛けているのだろう、連中のしそうなことだ。
しかし、人の口に戸は立てられぬのが世の常。噂として蔓延した情報が俺の耳にも届いた。
だから俺がここにいる。

 そして殺害方法。
目撃者の証言を鵜呑みにするならば、殺害現場は猟奇的で、しかし、何かしらの秩序に従って殺しているらしい。

 秩序に従った殺害、しかし一般人には秩序の解読不能。
術式の起動、つまり何らかの儀式が行われたと見るのが妥当か、
 魔術師が何らかの目的を持って殺したならば、人々が殺人事件ではなく怪異として認知するのは当然だろう。

魔術師が何の目的をもって血の儀式サクリファイスを行ったかは判らぬが、その人間が外道に堕ちたことだけは確かだな。

 今回の件は既に情報封鎖が敷かれている。
「何らかの隠匿機関が動いてるとみて間違いはあるまい」
神秘の漏洩を嫌う連中がいつまでも手を拱いているはずも無い。
既に機関の尖兵が派遣されているやもしれん。目立たぬよう行動しなければ。

 俺は大きな通りは避けることにし、裏路地を行くことにした。
様々な機関や組織、果ては人外共に狙われている身分で表通りを進むのは危険なのだ。
大通りを進み、次の角で脇道にそれようと目星を付け向かっていると、通りの奥から異様な風体をした連中が隊列を組み歩いてくるのに気づいた。

 異様と評したのはあくまで一般人としての観点から観測したものであって、別の側面、つまり魔術使いエミヤとして観測すれば見慣れた連中だった。
全員が黒の外套を纏い、顔は目元までフードに覆われている。
先頭に立つ者は十字架を掲げながら、教会の存在を誇示するように闊歩している。
唯一神を信仰し、異端を排除する集団。
吸血鬼などの、人では無い化け物を相手取る埋葬機関とは違い、悪霊などを祓う事を専門とする機関、悪魔祓いエクソシストの一派だ。

 周囲の人々は皆立ち止まり、その集団を見つめている。
本来なら先手を打つか逃走するかの二者を選択するのだが、連中は俺の存在に気づいていない。
しかしこのまま進路を変更しては目を引くことは間違いないだろう。
だから俺は立ち止まる事を選択した、周囲と同じ反応をすることでやり過ごそうと考えたのだ。
無論警戒は怠らない、一息で干将莫耶を抜けるように待機させておく。

 魔術教会が派遣したのではなく聖堂教会からの派遣。
それは今回の事件は魔術師が引き起こしたものでは無いということだ。
しかも悪魔祓いエクソシストの派遣、死徒などではなく悪霊が今回の黒幕。
これは完全に俺の領分を越えている。肉を持たない霊体を相手にする術が俺には無いのだ。

 この件からは手を引くことを考えながら俺の正面を通り過ぎる連中を伺うように観察する。
信者たちは皆俯いており、顔を窺い知ることは出来そうに無い。

「―――――あいつは、」
だけど一人だけ判別できた。
身に纏った黒と相反する色素の無い髪。
裾から見える手は病的に白く、その腕には包帯が巻かれている。

「カレン・オルテンシア」


 思わず彼女の名を口にしてしまい、咄嗟に視線を地面へ移す。
だが思いの他声量は小さかったらしく、気づくものはいなかった。
黒ずくめの一団は、通夜の参列者のような面持ちで通り過ぎていった。

 町の住人は異様が過ぎ差去ったことで動き出し日常を繰り返そうとしている。
誰も教会の事を話題に挙げることなく、それぞれの行動に戻っていく。
だが誰もが皆、安堵の表情を浮かべている。
確信しているのだ、これで町を襲った不幸が止むことを、
誰もが理解しているのだ、自分たちが生贄を捧げたことを、
これで自分たちに平穏が戻ってくることを、

「ここは人間の住む町だな」

 怪異が町を見舞っても行動する者はいなかったのだろう。
恐怖に怯えても、財政的な理由でも列挙して移住しなかったのだろう。
人が死ぬと日々を怯えながら、それでも自分は死なないと心の片隅で思っていたのだろう。
誰かが解決してくれる。自身は何もせず、結果だけを期待する。

「あぁ―――本当に此処は醜悪なまでに人間の住む場所だ。」

 終わりは見えた、今夜にでもこの怪異は解決を迎えるだろう。
町の探索を打ち切り深い森へ向かう。
人が侵入することのない世界へ、人間の煩わしさが届かない世界へ。



※   ※   ※   ※   ※   ※



疲れた、今日はもう疲れた。もう休もう
四本の剣を基盤にし、簡易結界を形成する。
木の根元に体を預け、全身を緩める。

「カレンか、」
 冬木の教会に赴任してきたシスター、霊媒感応の能力持つ少女
パイプオルガンを弾く奏者。
聞く者の心を抉るようなその深い響きは不快でしょうがなかった。
印象としてはそれ位だろうか、あまり記憶に留めていない。


「しょうがない、六年も昔なんだから……」

 遠坂の弟子としてロンドンに渡り、自分の魔術師としての才能が皆無なことを実感し、俺が使う魔術の異常性を理解し、隠匿すべきだと二年で冬木に戻った俺は、初めてカレンが聖堂教会に戻ったことを知った。
それは悪魔祓いエクソシストカレン・オルテンシアに下された命令だったらしい。
何も言わず、何一つ告げずにカレンは冬木から去っていった。

 冬木の管理者、二人の姉妹には話を通していたらしいが、カレンは俺にだけは話さないで欲しいと頼んだらしい。遠坂や桜は反対したらしいが、カレンの懇願と俺がロンドンにいる期間だけ隠してくれればいいとゆう条件で承諾したらしい。

 それからの俺は冬木で半年を過ごし、切嗣と同じように世界を巡っている。
切嗣の息子というのも理由に挙げられるだろうが、俺の名『エミヤ』は良くも悪くも有名になり過ぎていた、ゆえに冬木には一度として戻っていない。
だからこんな辺境でカレンに再会…遭遇したことは意外だった。



「カレン、君はあれから悪魔祓いを続けていたのか?」

空に浮かぶ月に問いかけてみる。
返答はない。

当然だ、月は彼女ではない。
答えはないのだ。



虚脱感に襲われる。
「俺に悪魔祓いはできない、カレンを助けてやることもできない」
空虚な台詞だけが流れる。

司祭でもエクソシストでもない俺には対抗手段がないのだ。
「クソ、」
何が剣製の魔術師だ、知り合いすら助けられやしない。
守りたい人たちすら守れない。最低だ

 黒服中心、連行されるように歩いていた女性の姿が浮かぶ。
利用されるだけの探索機。壊れるまで、命尽きるまで彼女が役目を終えることはないのだろう。
それをただ黙って、…………だま……まて、何かがおかしい。
「おかしい、何だこの違和感は、」
何かを見落としている。
そう、決定的な何かをだ。
 通常悪魔祓いは教会で行われる。神の家、つまりホームで戦うことで自分たちが優位に立つのだ。
違うこんなことじゃない。
悪魔祓いは少数で行われる。三人以上で行われることは非常に稀だ。
これも違う。相手が強大なら数を揃えるのは当然だ。こんなことでは無い。
カレンだ、違和感はカレンに付き纏っているんだ。
カレンの役目は探索。悪魔の発見のために教会に利用されている。
「そうか、彼女の役目は探索だ。」


探索ならカレン一人に任せておけば問題は無い。それ以上は邪魔になるだけだ。
しかし先ほど町を歩いていた連中は多数居た。
つまり捜索の段階は既に終えている。
だから他の代行者がいた、それも数を揃えてくるあたり相当な悪質が取り憑いていると考えていいだろう。
――――――――――――――まさか―――。

「奴等はカレンを殺す気か!」
走った。違和感の正体に気づいたとたん俺は町へと走りだしていた。

何故捜索を終えたカレンがいたのか、それは彼女にはまだできることがあるからだ。
恐らく教会の判断だろう、人数を揃えても勝てない。だからカレンというカードを切った。

森を抜け、町を全力で駆け抜ける。
目指すは十字架を掲げた建物

霊媒感応の能力はこれから起こる霊症を能力者へと伝染させるものだ。
その能力は無差別に発症してしまう。だから教会はこれを探索に利用しようと考えた。

建物の配置を呼び覚まし全力で向かう。

だが霊媒感応の本質は未来に起こる霊害を報せるものだ。

「見えた!!」
礼拝堂へ通ずる大きな扉をぶち破り、転がり込むように礼拝堂へと入る。

そこに広がる光景、黒を纏った人間が暴れる二人の人間を押さえつけている光景。


「右上腕部に症状が発現しました!」
「聖骸布を巻いておけ!」
「腕だ、次は右腕が狙われるぞ、聖水と香油の用意をしろ!」
「駄目です、侵食前腕まで拡大していきます。」
「■■ゃ■■ーーー■■■■■■■ぎ■■ーーーーー」
「聖水でもかけておけ!」
「駄目です効果ありません、このままでは能力者が死んでしまいます!」
「■■■■ぁ■■■ーーーー■■■■ぐ■■■■か■■■■■」
「捨てておけ、それより次の霊症をのがすな、来たぞ腕だ!!」

  霊媒能力
悪魔祓いの場に能力者がいれば代行者は常に悪魔の先手を取れる。
常に先手を奪い続け機会を決して与えない。
それだけのために能力者はひたすらに自らの血と傷でそれを報せ続ける。
それが教会の考えた方法。一人を生贄を捧げることで絶対の勝利をもたらす方法。


何も纏わず、その躰のすべてで未来を示し続ける一人の聖女
殉教にも似たその御業は、涙と悲鳴でできていた。

「やめろーーーーーー」

見たくない、こんな光景は駄目だ。あっちゃいけない、存在すら許すものか。

     無我で奔る、霧中に走る

       最強の聖剣を無限の丘から現実へ引き抜く。

   惨劇の舞台へ走り、跳躍する

                 悪魔の犠牲者、処置を受けている男の心臓、
 剣を突き立てる。

              男がビクビクと痙攣する。

        まだだ、まだ消えていない。

                   魔力を剣へと流し込む 

   最強の輝き、星々の瞬きが男に流れ込む   
 
      「消え去れ!!!!!」






※   ※   ※   ※   ※   ※





「はぁはぁはぁはぁ」
呼吸が乱れてる。
当然か、聖剣の投影に真名解放の手前まで一気に行ったのだ。
手の中で幻想が砕ける
魔術回路がショートしている、心臓が溢れそうだ。



「す、素晴らしい!」
 一人代行者が歓声を上げだした。統率を執っていた男だ、
誰もが乱入者に警戒しているのにそいつだけやけに興奮したように喋り出す。
「君が剣製の魔術師か!!いや素晴らしい、我々があれほど手こずった相手をいとも簡単に葬ってしまうのだから!」
 先ほどまで立っていた場所を見てみる。男は心臓を貫かれ絶命していた
「いや何々、君が気にする必要は無い。気に病む必要は無い。その男は悪魔に魂を売り渡した大罪人だ、死んだところで何ら問題は無い。」

「だったら何故、―――浄化の儀式をしていた。死んでは―――――もともこうも無いのでは―――ないのかね?」
「違う、それは間違いというものだ剣製。悪魔憑きを殺してしまったのは問題なのではない、教会が悪魔を祓えないことが問題だったのだ。」

「君は確かに彼を殺した、だがしかし!しかしだよ剣製。君は悪魔までも消滅させしめたのだ!それは偉業だ!!これは偉業なのだよ!!第二種に区分される悪魔を一瞬で消滅させた君は間違いなく神の恩恵を受けている」

取り憑かれた人間を殺しても悪魔は死なない、ここに悪魔祓いが困難を極めるのは理由がある。
人間のほうを殺しても悪魔は新たな宿主を探すだけなのだ。
だから悪魔祓いは魂の消滅をしなければならない。

「感謝だ。感謝しよう!君に、君を遣わして下さった神に!!」
代行者は完全に自身の信仰に陶酔しきっている。
「剣製の徒、君のその力は教会で振るわれるべき力だ、神の下でこそ振るわれる力だ。さあ、剣製よ教会に来なさい。さすれば教会は全力を持って君を保護するだろう、擁護するだろう!!あの薄汚い魔術協会からも、化け物共からも君を守り抜こう!だから私と共に来なさい、神は貴方を必要とされている。」
「悪いが俺は組織からの誘いは全て断ることにしているんだ。」
「馬鹿な!これは神が与えたもう機会だぞ、それを袖にすることは許されん!!」
 信じられんといった具合で喚く男。
こいつは判ってないのだ、組織を利用はするが利用はされない。それがフリーランスの渡世だということを。

「それに此処に来たのは俺に目的があったからだ、教会に尻尾を振りに来たわけじゃない。」
 聖骸布を敷いた祭壇の上で気を失っている彼女を見る。
霊症は既に止み、呼吸は乱れながらも少しずつリズムを取り戻し始めている。
「あぁそうか。そうか、そうか、そうか彼女を助けに来たとゆう訳か、確か君たちは知り合いだったのだね、旧知の仲だったのだね。では君を迎える条件に彼女も加えよう。」
「何?」
「本来なら彼女は今回で死ぬはずだった。尊い殉職者になるはずだった。だが君が彼女を救ったのだ、彼女とて異論はあるまい。――――――――――――あの女、君にくれてやる」

何を……言っている
言葉が、理解できない、なんだこれは、

「本来喚くことしか能の無い女だ、残り少ない命君の好きにしたまえ。」

何を…………喋って……いる
    コイツは人間か?意思疎通ができるのか?

「あぁ、だが一つだけ断っておこう。死体は教会のほうで引き取らせて貰う、何しろ貴重な機能だ、死後も教会の発展の為、その身を奉げて貰う必要があるのでな」
「何を……笑っている」
    何を、何を何を何を何を!!   
「どうだ、この条件なら君も納得するだろう。さぁ私達と共に来投影トレース開始オン――――――――――――――――――――――――――へ、」
「貴様らが、」
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁあ。くそ、くそ、くそ、何をする!!いったい何をするんだ剣製!!」
「貴様らがーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「よ、よせ、止めろ!!わ、わた、私を殺すとのは、神に対する、は、反逆も同じ、ぎゃぁぁっぁ」


「許さない、許してなどやるものか。
            奇跡の代償、いまここで払え!!!!!」





※   ※   ※   ※   ※   ※



駆除が終わった。
 熱に焼かれた思考が冷めた途端、浮かんだのは惨殺の完了を告げる言葉だった。
陰陽の剣で切り裂いたタンパク質は、赤い液体をばら撒きながら塗装のように広がっている。
一つ一つ、一個ずつ一個ずつ、個を個で、余すことなく摂理の鍵で串刺しておいた。

そんな有り触れた光景を、教徒の末路には相応しいと笑った。
口が歪んで、渇いた息が漏れてるのだ。これは笑っているのだ、俺はきっと笑っているのだ。
日常の風景に抱かれて、俺は今、大声で笑っている。


「エミヤ・シロウ」
「あぁ君か、カレン・オルテンシア」

赤い生地、聖人の布で躰を守るように纏った懐かしい人物と再会を果たす。
「これは、貴方が招いたのですか?」
「これ?―――――あぁこれか。――私が―――招いた?そうか、俺が引き起こしたんだ。」
「これは俺の仕業だ。」
 肯定する。そうだカレンが問いかけてるのは、血塗れのこの状態だ。
俺が招いた結果を聞いているのだ。肯定だ、否定は無い。肯定だ

「そうですか、」
「そうだ。」
「――――――――――――――」
「――――――――――――――」
「宿を取ってあります。エミヤ、そこで話しませんか?」
「そうだな、あぁ……うん、そうしよう。」
 異論は無い、それは正しい判断だ。
長居する場所でもないし、錆びた鉄の匂いは意識に纏わり付いてくる気がして苦手だ。

「では、案内します。付いて来て下さい。」
「まて、服は如何した?」
「持ってきましたが……使い物になりません。」
 視線の先を追う、そこにはいつか見たのと同じ服があった
それは赤く、濡れていた。
「すまない。ひとまずこれを使ってくれ」
 脱いだ上着を手渡す。俺の責任だしょうがない
「感謝します。」
 受け取った物に袖を通す。サイズは違うが今はこれでいいだろう。
「では、案内を頼む。」
「えぇ、判ってます。」




「久しいですね、エミヤ」
「もう六年だ、久しくもなるさ。」

 席を挟み、向かい合う形で座っている。
机にはアンティークの蝋燭台が置かれ、二人の間で火が揺れている。
「年数を数えてるあたり、貴方の女々しさがよく伝わります。」
思考と直結したようなその物言い、
「変わらないな君は。その遠慮の無い言葉遣い、懐かしくいと感じるよ。」
あぁ、ほんとうに君は変わらない。

「本格的に女々しい男ですね、貴方は。」
「性分でな、しょうがない。君の言葉遣いと同じく変えられるものではないのだよ。」
「失礼ですね、使い分けくらいはできます。」
「あぁ、君は遠坂と同じくらいの擬態能力を持っていたな。」

着替えた服、法衣姿のカレンは確かに、冬木の人達に献身な信者として通っていた。
「失礼だと言っています。」
手を組みムスっとした表情。
     あぁ、カレンの言う通りだ。俺は本当に女々しい
            こんなにも、記憶を甦らせてしまうのだから



「本題です、いいですか。」
 郷愁に恋焦がれ、日々を思い出し、六年間については決して話題に触れないよう話し合って、言葉を休めているところで、カレンがそう切り出した。
蝋燭の灯は半刻程で役目を終える所まできている。
確かに頃合だ、切り出すにはいい時間だ。
「かまわない、話してくれ。」
「いえ、まずは私の頼みを聞いて下さい、本題はそれからにします。」
「……大抵のことなら、いいだろう。」
 カレンの頼みは珍しい、対等をもっての願い入れではなく全権をこちらの自由意志に任せるのは非常に稀なのだ。だから、大抵のことは叶えてやりたい。

「では、私を抱いてください。」
「…………唐突だな、」
 カレンはいつだって唐突だ、いつだって皆を振り回す。


「それで、返答は?」


「……灯りはいかに?」


「月と蝋燭で。」


「「…………」」


笑った。二人で笑ったさ、

「い、今の台詞は気取りすぎです」
「いや、いや、君も中々に分かっているじゃないか」
「あわせてみただけです。」
「それは、ありがたい非常にありがたいよ。」

言って腕を掴み、シーツにカレンを押し倒す。
「犬ですか、貴方は?」
「ふ、光栄だねその台詞」

だから六年間を、過ぎた時間を全て混ぜこぜにして、今を過ごした。
二人を一つに、混ざるように、融けるように。
一つの寝具で二人は過ごした。




※   ※   ※   ※   ※   ※



「朝か……」
誰かの隣で寝るのはずいぶん久しぶりのことだ、
「気づきもしなかった、――――――――心地よいものだな」
 カレンを起こさぬよう抜け出す、疲れているカレンは聖骸布を纏ったまま寝息をたてている。
霊媒体質を背負った女性、いや寝顔は少女のそれだ。
余りに重過ぎる枷を背負ったまま彼女は生きてきた。
いくつもの、危害に晒されながらもここまで生きてきたのだ。
「ん、起きていたのですかエミヤ。」
「魔術使いの朝は早いのだよ、」
朝に相応しい会話、平穏のページ。
他愛ない言葉の応酬、それは冬木の町に置いてきてしまった時間だった。



「本題に入ります、いいですか?」
「あぁ構わない、どうぞ。」
 起き上がったカレンは衣服を身に着ける事無く、聖骸布とシーツを体に巻きつけただけの格好で荷物を探す。
「貴方に渡したい物があります。」
 取り出したのは一本の短剣

  解析を自然としてしまう。
      創造理念 ―――――守護
               基本骨子 ―――――単一直芯 
     構成材質 ―――――銀
          蓄積年月 ―――――十五年

 礼儀用の短剣、護符代わりに使う短剣だ。
宝具には遠く及ばない、概念も年月も内包していないただの短剣

「これを、か?」
「えぇ、そうです。」
剣を抜いてみせる、素材は矢張り銀で光沢を放っている。
「何をする気だ?」
質問には答えず、無言で髪を切る。
 一掴みだけ握った髪を短剣で切ったのだ、量にすれば微々たる物だが驚いた。
「何をしている?」
「この剣を貴方に差し上げる準備です。」
言いながら剣の柄の部分を外す、そこに先ほど切り離した髪を入れる。
「貴方は初めて見るかも知れませんが、田舎では親が子によくやることです。我が子の為に捧げられるお守りのようなものです。」

 知っている。
昔は戦争へ旅立つ者達の帰還を願って、司祭など徳の高い偉人の一部を剣の柄に込めて無事を願うものだ。起源はそこにある

「貴方には無限の剣があります。――――――それでもこの剣を受け取って欲しい、私が貴方のことを祈る為に。」
 刃で指を切り、一筋の血を剣に塗る。
それが儀式、神聖な儀式
鞘に戻される剣
俺の眼前に突き出される剣
それは帯剣の儀に、王から授けられる聖剣のように俺には映った。
だから、俺は傅き神々しい放つ輝きを俺は受け取ったのだ。

「感謝します。」
「貴女の祈りに応えるため、我が信念の道を行きます。」

誓った、貴女に僕は誓った。
心に刻まれる聖約、汚すことのできない一つの形。    

「最後です。これを受け取って、」
 カレンの体から解かれる聖骸布。マグダラの聖骸布
 拒まなかった。
 カレンが聖骸布無しには生きられないとか、俺には聖骸布を使えないとか、沢山浮んだけど拒むことはできなかった。
これが最後になると、理解したから俺は全てを受け入れることにした。

「エミヤ、貴方は近い将来、無限の剣に呑まれてしまいます。ですが、その守りがあれば貴方は戦えます。」
「私が貴方を守ります。」
 それが彼女の聖約、彼女の誓い



「貴方に祝福を、」
 そっと、口付けられる。
目を閉じたままの甘い口付け、最後になってしまった口付け。




だってカレンは、無限の剣に貫かれてしまってるのだから。



 固有結界
精霊、悪魔のみが使えるとされる禁術は、霊媒体質の人物に例外なく害を及ぼす。




だからカレンは俺の前で聖骸布を取らなかった、
自らの内から溢れ出る無限の剣を抑える為に、外してはいけなかったのだ。
でも、外したのだ。
こいつは自分の命と、俺の命を天秤に掛けて、自分を捨てたのだ。




「カレン」

「まだ、そこに、いたのですか。」

剣に貫かれた瞳は映すことを止め、痛覚は抱かれてることすら気づかないほど麻痺してしまっている。

「あぁ、まだ君の傍にいる。」

「すみ―ま、せんが、私の、亡骸は――――焼き、払って下さい、」

「あぁ、分かった約束する。」

「めい―――わく――かけ―ます」

「気にするな。君の、……カレン・オルテンシアの願いだ。」

「そう、です――か。かん――しゃ、します。」

「こちらこそ、感謝する。」






「………………それでは、良き旅路をカレン。」
「え、ぇ、――――あな――たも、よき――黄泉路を、シロウ」




「……………………………………」

「……………………………………」

「………………」

「………………」

「…………」

「…………」


「―――――――――――――ったく、最後まで毒吐きやがった。」



 一人の聖人が残した、マグダラの聖骸布。
想いが込められた赤い布を纏い、騎士は戦場を渡り歩く。
生涯、誓った聖句と自身を表す呪文の通り、騎士は一度の敗走も無く生涯を戦いきった。
赤い外套に躰を包み、無限の剣で切り開いた酷く過酷な道。
それでも、無限の剣にその身を呑みこまれるその時までエミヤは、
一人の少年は振り返らずに戦い続けたのでした。







あとがき(新しいウィンドウが開きます)
聖骸布について指摘が来ましたので下の方に追加しておきました。↑