陳腐で王道な御伽噺
        -後編-





 「なぁー痛て〜、痛すぎる」
 氷を詰めただけの簡易氷嚢を頬に押し当て腫れを押さえ込む。
「ふん、自業自得だ。」
まだ怒っているアルはツンとそっぽを向いてしまう。その仕草が何とも可愛らしい。
「んなぁそうだ、どうして九朔が此処に居るんだ?」
礼拝堂で会った九朔は、幻でも血煙でも、ましてや悪夢でもなく此処に個として存在している。
夢からアーカムは目覚めた、それは確かだ、だがそれ以上に確かなのが彼女、九朔の存在だ。
「どうしてそんな事聞くの〜」
間延びした声、その可憐な容姿に似合わない色の篭った雰囲気、それら全てはあの悪夢の中での記憶に遂次合致していく。
俺たちの娘、生まれ堕ちること無かった娘、影として作られ、敵対者として弄ばれ、アルアジフを喰らってリアルとなった彼女。

アナザーブラッド/違えた血
アナザーブラッド/違えることの無かった血

「いや、その大した意味はない」
「だったらいいじゃない、私は確かに此処にいるわ、私はお父様の傍にいる、愛されてるわ。」
そっと、寂しそうに枝垂れるかたちで体を預けてくる。
「温もりを感じる、鼓動を感じる、息吹を、存在を、熱を、脈を、全てを通して感じれる。私の全てで感じ取れる。」
手が這うように体を伝わってくる、ゆっくりと伸びた手は顎に至り頬に添えられる。
体はいつの間にかに押さえつけられていて、身動きがとれない。
「や、あの」
「だから、愛します。私の体で、精神で、魂で。」
それは契約の契り。
それを結ぼうと、唇が接近して触れようとするそれを
「こんの痴れ者共がーーー!!!」
アルの怒号が吹き飛ばす。
拘束されてた腕はその恐怖に駆られるように自由を取り戻す/無駄と分かりつつも衝撃に備える。
今日はアルに吹っ飛ばされる回数が多くないかと、頭をよぎる疑問に、本日三回目と冷静な部分が耳打ちしてきた気がした。
迫り来る衝撃波、三回目という数字に『あぁ、さいですか』と愚痴り、俺が今迎えている危機的事態、それを招いてくれた小悪の根源たる小娘を庇い抱きしめ、目を閉じる。


 …………あれ?衝撃が来ない? 恐るおそる開けた視界の先にはもう、ヒロインには似つかわしくない、思わず描写を控える程の表情をしたアルと、手前に輝く旧支配者の烙印エルダーサインそして胸元には魔術を行使した我が娘。

「女の嫉妬は見苦しいですわよ、お母様?」
挑戦的な笑みを浮かべる血煙色の少女
「ほほう、でかい口を叩くのう?小娘。その口、呪が組めぬ様に塞いでやろうか」
禁則に触れる笑みを浮かべるドス黒い伴侶。
怖くて、怖くてどうにかなってしまいそうです。はい、
始まろうとする世界最強魔道書決定戦。
勿論、赤コーナー大十字九朔、青コーナーアルアジフ、そして被害者、大十字九朗でお送りするタイトルマッチだ。
所見の啖呵の切り合いは終わり後は開始のゴングを待つのみ。
そして俺はひたすらに己が不運を呪う子羊!!
ダッダダダ
「何の音!?」
勢いよく飛び込んでくる人影、台所で料理をしていたはずのその人は、
「ラ、ライカさん!?」
アルの手によって教会の備品は不定期ながら破壊されてしまう。
いつしかライカさんはその音に敏感になってしまったのだ。
「い、いまの爆発音は……アルちゃん?」
音とに批准するはずの惨状を見回すが、結界に守られた品々は破壊されること無く存在している。
「く、九朗ちゃん…そ、それ」
しかし被害を見つけたのか震える指で指差してくる。
「……え?俺?」
指が示すのは俺の姿、馬乗りに体を弄られているあられもない俺の姿。
瞬間、火花を散らしていた二人のネクロノミコンの目が光った。
「ご、ご主人様――――これでいいですか?」
急に涙きながら、体をなでてくる。
「やめて!妹には酷いことしないで!!」
「てめーら、そろいもそろって俺を陥れることしか考えてないんか!!」
一瞬のアイコンタクトで結託し、姉妹設定まで作りあげて俺を社会的に抹殺する打算を組み上げた人外二人組みに声を荒げる。
「きゃ。ぶたないで、ぶたないで」
「お仕置きなら私が、私が受けますから妹には手を出さないで」
「マウント取られてるのにどうやって手だすんだよ!てか、お仕置きってなんだコンチキショウ!!」
くっそ泥沼じゃねーか、ライカさんが来るまで殺気ぶつけ合ってくせに、性悪古本娘共め。
「九朗ちゃん……」
「あはは、なんすかライカさ…ってメタトロン!!」
いつの間にか変神した大天使様が、ビームの発射口を向けてくる。その奥には煌々と光り輝く天国への片道切符が生成され始めている
「お願いライカさん撃たないで、僕悪くない」
幼児退行した言動で懇願してみるが果たして、
「平気よ九朗ちゃん、神様はきっと寛大な処置で九朗ちゃんを極寒地獄コキュートスへたたっき落としてくれるわ。」
懇願と共に切って捨てられた言葉は無常にも発射されたビームに焼かれ、俺はそのまま天へと昇りつめるのだった。


「酷い皆して俺のこといじめるんだ。もう人間なんて信じられない」
「ごめんね〜九朗ちゃんなら、やりかねないと思ってたの。」
「妾は魔道書だ」/「私も魔道書だし〜」
「うるせー其処になおれ。特に古本娘二人!!家族の在り方について語っちゃる。」
 お空からの帰還を二重の蜘蛛の巣で受け止められた俺は、謀を企てた外道魔道書を叱るべく礼拝堂の十字架クロスを背後に家族について熱く語っているのだ。ライカさんはその間に台所に戻っていった。

「で、九朔は何しに来たんだ。」
 俺の平穏なる無金生活を乱す為だけに来たわけではあるまい。
「ん?寂しくなったからお父様達に会いに来ただけよ。」
 こともなしに言ってのける。
「九朔は来なかったのか?」
 この場合の九朔は騎士の道行くあの九朔だ。
「お兄様なら恥ずかしがって来なかったわ。」
「「お兄様〜」」
「九朔のことお兄様って呼んでるのか?」
「ええそうよ、血は同じものが通っているのだし、生まれは私のほうが遅いでしょ、だから。」
 あの実直な堅物がお兄様〜、なんて呼ばれてると思うと……うん、笑えるな。
それはアルも同じなのか、肩が笑いを堪えるように痙攣している。
「なんなら、九朔のこと呼んでみる?」
「呼ぶ?よぶって九朔をか?」
「えぇそう、召喚よぶのよ。」
犬歯で人差し指噛む。
零れる術式、組みあがる術門、その先その奥から溢れるように血液が流れ込み渦を巻く。
回転、螺旋し、血煙を描き人型を作り上げ、人体の細部を再現する。
その特徴は髪、俺のマギウススタイルと同じ髪色、アルと俺の髪を混ぜたような色合い。
強い意思を宿した瞳、生意気そうなその輝きは母親アルと同じ色をしている。
それは間違いなく夢から覚めた、あの朝日に消えた少年の姿だ。
そいつは口開一番「アナザーブラッド!私は拒否したはずだぞ!!」文句を垂れやがった。
「ほう、汝は妾に会うのを拒否したのか。」
「は、母上…いえそのようなことは決して。」
アルの責めるような呟きに、身を縮こませながら答える。
ほっほーう、どうやら九朔の奴はアルに頭が上がらないようだな。
「まぁまぁ、そう責めるなよアル、九朔も言ってたじゃないかこいつは照れてるだけなんだって。」
「な、…そんなことあるか!!このクソ親父!!」
「父親にクソとはいい度胸だなクソ餓鬼。」
「ふざけんなクソ呼ばわりはあんただってしてんだろ!」
「なぁははは、父親はいいんだよ父親は。文句があるならかかって来い!」
「上等だこのやろうボコボコにしてやる!!」
「『助けてー、パーパー』って叫んでる奴の台詞とは思えんな〜、ぎゃははは。」
「誰がパーパーだ気色悪いんだよ。」
顔面狙いの拳、一直となって向かって来る。
親子の語らいに拳は必要だ。
九朔との体格差を考えれば、一発貰ってからの殴り合いを開始したほうが均等だろ。
口を強く結び迫り来る衝撃に意識を固める。

「アトラック=ナチャ」
「のわ!」/「うっわ」
二人一緒に仲良く絡め採られる。

伸縮性、粘着性共に優れる蜘蛛の巣は、獲物を一纏めにする様に天井を支える梁に括り吊し上げる。
「御主ら     「引っ付くなクソ親父!離れろ!!」
           「なーに恥ずかしがってるんだよ、小さい時は添い寝をしてあげたじゃないか」
 いい加減に  「そんなことされた記憶などあるか!過去を捏造するな」
          「おーおーテレ照る照れてる」
         ―――――――――黙れ」
 空気が一気に凍りついた、いやアルの背後は煉獄が現れたこのように燃え上がっている。
「な、なにかな?どうしかしたのかな?俺、何か気に触るようなことしましたか?」
「―――――――――――――」
沈黙がやけに恐ろしい。
「ほ、ほら背中に鬼のような炎背負っちゃ可愛いお顔が台無しになっちゃうよ。」
「ほう、炎か悪くない―――――――――――クトゥグア」
アルの身体の一部が紐解け世界に舞う。
呼ばれたのはかつてンガイの森を焼き払ったとされる旧支配者グレート・オールド・ワンの一角、フォマルハウト拠り来る炎の体現者。
編まれ浮かぶ姿は赤の女性、雄雄しく戒厳した姿は旧支配者グレート・オールド・ワンの姿に相応しい。
「何をなさるおつもりで?」
できるだけ慎重に、言葉を吟味しながら落ち着くように問いかけた。
それを鼻で笑うように一言、「焼け。」
まて、といいかけ親子共々こんがりミディアム風味」



 立場逆転の図
アルが十字架クロスを背に被告人三人を凶弾している。
右から少年、大人、少女とゆう順だ。
アルの恐ろしい剣幕に俺は背筋を伸ばし、少女は適当に右から左へ聞き流してる。
アルの一面と始めてまみえた九朔はビビリまくっている。
「対面するなり罵倒しあう、騒ぎ出す、しかも殴り合いの喧嘩に発展だ!!アトラック=ナチャで拘束しても留まる事をしない御主達は猿か!?阿呆か!?挙句に妾を鬼だと!!戯言を申すな!!!!」
鬼で切れたのかよ……
「九朗!!」
「何でもありません!サー」
内面まで読まれたよ、顔に出てたかな?
「まあ良い、話を最初に戻すぞ。この世界に来た用件はなんだ。」
その問いに、スッっと息を整えた九朔が真剣な表情で答える。
「俺の産みの親は別の世界の大十字九朗とアルアジフだ。だがそれでも大十字九朔は、」
「ここから先は私の役目よ、九朔。」
「いいのか?」
「私の言葉で言わせて」
「判った」
視線の交差を交えた会話で、話の語りが変わる。
九朔は瞑想するように目を閉じた。

 赤の少女、九朔は語りだす。

「九朔の両親は別世界、でもわたし、私九朔は貴女、アルアジフから生まれた。」

アルのと視線を混じらせたまま話は続く。

「血を喰らい、肉を喰らい、骨を喰らい、贓物を喰らい、存在を喰らい、私は始めて世界に生まれ堕ちた。」

それは余りに醜悪な誕生

「暗い、闇のような呪われた世界から私は生まれ堕ちた。」

残虐な世界、一人の少女を呪うだけの牢獄

「世界は楽園エデンではなかったけど、呪詛が渦巻いていたけど、」

それはかつて這い寄る混沌に魅せられた生命の誕生。

胎内エデンから堕とされた生命は、世界にその誕生を呪われる。

「ここに私はいる、名前を呼んでくれる人がいる」

必要、存在の共鳴。

「私を愛してくれる人がいる。」

渇望した願い

「私、大十字九朔は―――――貴女の娘です。」

万感の想いと愛を、世界に満ちた祝福を、感謝を込めて。

「生んでくれて、ありがとう。」
一筋の涙とともに流すのだ、感謝を。


それからのことは実はよく覚えていない。
アルが泣きながら娘を抱きしめていたかもしれないし、俺も黙っていた九朔を抱いたかもしれない。
みんなが皆涙を流し、祝福し、泣き合い、笑って。
馬鹿騒ぎをして、吹っ飛ばされて、ライカさんたちと食事して、また騒いで。
酔った勢いで覇道の屋敷に乱入し、警備員を相手に大立ち回りをしたかもしれない。
はたまたそのまま、覇道で二次会を催したかもしれない。

なんにせよこれは記憶だ。
大切で愛おしすぎる記憶なのだ。

「九朗、次の世界にゆくぞ。」
「あぁ分かってるって。混沌の野郎をぶん殴ってやる」

見上げる空は赤い。
そこには魔を断つ剣が立っている。

「早くしろ、このクソ親父!!」
「はーやーくー」

遠くで呼んでる奴らもいることだし、さっさと混沌退治をしますか。



大切な記憶、風景。世界を守るために魔を断つ剣は今も戦っている。


神話の歌い手ラプソードス







誤字修正 母君→母上

あとがき反転
原作のアナザーブラッドが、えろい
<ここまで>